「うぇーん、うぇーん、ヒック、ヒック、グスグス。うぇーん…」
幼い私は暗闇で一人で泣いていた。頭上には蒼い地球が輝いている。
背後から、バサバサっと翼がはためく音が響き渡り、そちらを振り返る。
ミ「泣かないで、私のラ・ピュセル。」
豊かな金髪と、青みがかったエメラルドグリーンの瞳を持つ、絶世の美男子ミカエルさんが純白の翼を広げて着地をし、そのまま膝を着いて、両手を広げている。
私「うわーん、みかえるぅ!」
私は泣きじゃくりながら、彼の胸に飛び込む。
私「みかえるぅ、さみしかったよう!うっく、うっく。
しんじゅ☆♪ちゃん、痛いのヤダ。お父さん怖いのヤダ。
ぽんぽイタかったの!助けてくれなかったの!
この夢、怖かったの。
どうして、いつも会いに来てくれないの?
さみしいのヤダよ。うっく。」
ミ「つらかったね。もう大丈夫だよ、私のラ・ピュセル。」
私「どうしていつも会えないの?
お寝んね、しないと会えないの?
お昼がさみしいの。
らぁえるともいつも遊びたいのに!
しんじゅ☆♪ちゃんに会いに来て!エック。」
ミ「君が夢だと言っている世界に、君が住んでいるからだよ。
君が気づかないだけで、いつも私達は君の側にいる。
愛してるよ、私のラ・ピュセル。」
私「ら・ぴせる?緑の姫君じゃなくて?」
ミ「緑の姫君は君の名前だ。
ラ・ピュセルは外国の言葉で、そうだな、約束の乙女という意味だよ。」
私は彼に抱きかかえられて、少し落ち着きを取り戻した。
私「ふーん、そうなの。
あれ?らぁえるは?ドラゴンの男の子もいないの?」
ミ「今日は私だけ。彼らは来ないよ。
今日は、お別れの挨拶をしに来たんだ。」
私「おわかれのあいさつ?」
ミ「そうだ。君はまだ幼いから、私達と会うことができていたんだが。
もうそろそろ、世俗にまみれて、私達と会うことが出来なくなる。
その前に、君に言いたい事があるんだよ。」
私「みかえるとあえなくなるのヤダ!
どこかにいっちゃうの?
しんじゅ☆♪ちゃんも着いて行く!
一緒に帰ろう。連れて行って!」
彼は片手で私を抱きかかえ、もう片方の手で私のおかっぱ頭を撫でる。
ミ「ありがとう。でもそれはできないよ。
君が人間としての生を全うしたら、また迎えに来る。」
私「ヤダヤダ!みかえる、いっちゃヤダ!」
ミ「それはできない約束だからね。
いい子だから、いう事を聞くんだ。」
私「みかえるも、そう言うの?
お父さんも、しんじゅ☆♪ちゃんにいう事を聞くんだといったよ。」
私は再び、涙を流し始める。
私「お父さんが、しんじゅ☆♪ちゃんが、いらない子だって言ってた。
拾ってきたんだって。
だから、お前だけ器量が悪くて、頭が悪い子だって。
エック。エック。
しんじゅ☆♪ちゃん、いう事きかないと捨てられちゃうんだ。
お母さんも本当のお母さんじゃないって。
しんじゅ☆♪ちゃん、どうしよう。エック。エック。」
ミカエルは、少し鋭い目つきをした後、再び私を両手で抱きしめて、背中をさすり始める。
ミ「それは嘘だからね。
君は捨て子でも、頭も器量も悪くない。
とても可愛い、いい子なんだよ。
君の母親は真実、君の母親だから、安心しなさい。」
私は腕を突っ張って、ミカエルの顔を見ながら、訴え始める。
私「でも、お父さんが、しんじゅ☆♪ちゃんの事、他の兄弟に比べて、何もとりえが無い、かわいそうな子供だって言ってたよ。
体が弱くて、どうしようもない子だって。うっく、うっく。」
ミ「体が弱いのは事実だか、君に何もとりえがないというのは誤解だよ。
君の父親は君がかわいいから、君が泣く姿を見たくて、意地悪を言っているだけなんだ。」
私「お父さん、しんじゅ☆♪ちゃんの事、可愛いの?
どうして、痛いのヤダって言ったのに、やめてくれないの?」
ミ「それは、彼が君に恋しているからだよ。」
私「コイ?」
ミ「異性として愛しているという事だよ。この私もそうだ。」
私「イセイ?」
ミ「意味が分からなくても仕方が無いね。
通常はありえないから。
彼は、父親としてはあるまじき行いをしたけれど。
それは、彼が君を娘としてではなく、異性として見ているからだよ。
幼い君は何も悪くない。
つらかったね。」
そう言って、彼は再び私を抱きしめた。
私は彼の言っている意味がよく分からなかったが、自分が悪くなくて、父親の方がおかしいという事だけはなんとなく理解できて、ホッとしていた。
彼は再び私を自分の正面に持ってきて、話し始める。
ミ「いいかい?よく聞いて。
今回の出来事は君が生まれる前に君自身が計画してきた事なんだ。
彼はそれに協力したに過ぎない。
だが、そうして、彼には彼の課題がある。
お互いの利害が一致しているんだ。
そして、これほどの仕打ちを受けて、異性を愛する事が出来るかどうかが今回の君の生のチャレンジなんだよ。
まずはこれで、第一段階はクリアだ。」
私「ちゃれんじ?」
ミ「そう、魂の宿題、といったところだ。
そして私は君のガイド。君を一生守る存在だよ。」
私「がいど?」
ミ「君を見守り、導く存在だ。
君はまだ幼いからこうして私達と会うことが出来ていたんだ。
しかし、君は成長し、人間と共に暮らす生活に慣れなければならない。
だから、こうして会えるのは、今日が最後だ。」
私「みかえる、どこか行っちゃうの?」
ミ「いいや、ずっとそばにいるよ。ただ、見えないし、聞こえないだけ。」
私「そんなの、ヤダよ。」
ミ「そうだね、私も嫌だよ。」
そう言って、彼は私の頬を撫でた。
ミ「…今回の出来事で、君はその幼さで性を開花させてしまった。
これでは、君が成長するにしたがって、飢えた男達が君を襲おうと、群がってくる。
ただでさえ、君の魂は強い光を放ち、君が望むと望まざるとに関わらず、周りの者を魅了するというのに。
それはかつて、君が祇園精舎で女性信者達に追い回されていたのと同じ様な状態になる。
私は、君の神聖さを冒されない為に、護りを厚くしよう。」
私「ぎおんしょうじゃ?」
ミ「ふ。遠い異国の修行の場所の事だよ。
気にしなくてもいい。とても遠い昔の出来事だからね。」
私「しんせいさって?」
ミ「君の処女を守るという事だよ。
平和な時代の豊かな国の女性として生を受けて。
君は恋をして、結婚して、子供を産む事が夢だったんだから、妙な男に引っかからないようにしておくよ。」
私「しんじゅ☆♪ちゃんが子供を産むの?
しんじゅ☆♪ちゃん、まだ子供でしょ?」
ミ「そうだね、まだ十年以上先の話だ。
…しかし、今回の君の生は駆け足だ。
21世紀を待たずに、君の命数は尽きる。
急いで恋をしなければならない。
そうすれば、長ければ数年、短くても数日は我が子をその手に抱く事が出来るだろう。」
私「しんじゅ☆♪ちゃん、赤ちゃん抱っこできなくなるの?」
ミ「十代で恋をして結婚すれば、可能だ。
しかし、今の時代のこの国ではそれは珍しい。
君の気が変わって、恋をせずに命を落とす可能性が高い。
それに今回の出来事の影響がどこまで響くか…。
僅か十数年ではトラウマが克服できない可能性が高く感じられる。
このままでは犬死にに等しい。
しかも、自分の体験を社会に公開するという真の目的まで辿り着けない公算が高い。」
私「しゃかいにこうかい?」
ミ「君には文才がある。その為に彼女を君の母親に選んだ。
君は社会にインパクトを与える存在なんだよ。」
私「いんぱくと?」
ミ「世の中の人々の心を打つ事だよ。
君は忘れているけれど、君はかつて常にそういった存在だったんだ。」
私「みかえるの言ってること、よくわかんない。」
ミ「そうだね。今は分からないよね。
でも、君の頭脳は特別だ。
いつかこれを思い出す。そうして役立てて欲しい。」
私「しんじゅ☆♪ちゃん、とくべつなの!?」
ミ「あぁ、特別だ。
君の魂は光と叡智と共にある。
…そして、君は、彼の希望。
暗闇に暮らす、彼の、夢。」
そう、つぶやいて、ミカエルは涙を流した。
私「みかえる、どおしたの?どこか痛いの?
さすってあげようか?」
ミ「ありがとう。いい子だ。
大丈夫だよ。
…君が犬死にするのは忍びない。
君を病人にしてでも、私は君を長生きさせたい。
今度こそ、君をたった一人で死なせはしない。
…もし、君が大人になっても私の事を覚えていたら。
私と結婚して欲しい。
私のラ・ピュセル。」
私「けっこん?」
ミ「君のお父さんとお母さんのように、男女が一緒に暮らして、家族になることだよ。」
私「お嫁さんになるって事?」
ミ「そうだよ。私のお嫁さんになって欲しい。」
私「みかえるのお嫁さん…。」
ミ「あぁ、君が私の花嫁となったとしても。
君の魂は、光と闇を抱えている。
君が自分の正体を知った時。
君は私を殺しに来るかも知れない。」
私「みかえるをころしに?」
ミ「痛い目にあわせて、しばらく会えなくすることだよ。」
私「みかえるをイタイ目にあわせたりしないよぅ。
あえなくなるのヤダもん。」
ミ「そうだね。君は優しい子だね。
…君が延命し、私の元へとやって来たとしても。
君の未来は、堕天し、告死天使となるか、大天使となるかその二つしか選択肢は無い。
君が暗黒に還るか、私を凌駕する大天使となるかは私にも分からない。
それで、私が死んでも構わない。
私は君を愛している。」
私「何を言っているのか、わからないよぅ、みかえる。」
ミ「大事なのは、君を愛しているって事だよ。
私のお嫁さんになって欲しい、私のラ・ピュセル。」