2011-02-21  レトリーバル No.4

前回のあらすじ。

幼い日の私に降りかかった、私の災難とは。
母は弟の出産の為に家を空けていた。
その隙に父により性的いたずらを受けてしまう。
さらにそれに抵抗した為に、ひどい暴行を受けてしまったのだった。

                                    

「あああああああああああああああああああああああぁぁぁ」

私は絶叫する。

両手で顔を喉を、胸を、腹を、また頭を、激しく爪を立てて掻きむしる。

「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」

正気を失いかける程の衝撃を受けながらも、どこかで、私の体から血が出ないのは、意識体のせいだからか、と冷静に観察している自分がいる。

ユ「しんじゅ☆♪、こっちだ!駄目だ!僕に意識をフォーカスして!
  手を伸ばして!!」

激しく彼の手を振り払う。さらに自傷を続ける。止められない。

「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

足元にいるのが幼い日の自分自身だと気づいたその直後、私は”恐怖”に取り憑かれる。

宙に浮いた私の足元から、どこからか黒い触手が伸び、ギュルギュル足首に絡みつき私を締め付ける。
そのまま、私の意識体の体内に侵入し、暴風雨となって荒れ狂う。

それは、幼い私自身が体感した絶望という生易しい物ではなく。

凄まじい量の、人間が持ちうる全ての負のエネルギーの集合体だった。
殺意、怨嗟、怒号、侮蔑、呪い、恐怖、悲嘆、嫉妬、羨望、悲愴、嫌悪、…そして絶望。

(おかしい。これは幼い子供の一人の感情ではありえない。
 それも、何十、何百もの人間の負のエネルギーだ。
 なぜ、こんなものに私がアクセスをしたんだ。
 私自身の絶望が、触媒になってしまったのか!
 …闇に引っ張られる、ダメだ、正気を保てない…。)

ユ「しんじゅ☆♪、しっかりして!
  これは君が生まれてくる前に、君自身で計画してきた事なんだ。
  乗り越えられる!僕に捕まって!!。」

「ああああああああああああぁぁぁぁあぁぁああああああ」

私は絶叫を続ける。

彼に意識をフォーカスできない。

心のうちでは彼に手を伸ばしているつもりなのだが、実際には自分を掻きむしっている。

(ユアンさん、助けて!
 手を伸ばせない!私の手を握って! 
 もう、彼の声がよく聞こえない。
 あぁ、もう、ダメ。正気が保てない…。)

ごぼごぼと不可視の黒い水に飲み込まれたかのような圧迫感を感じる。

ユ「あぁ、まだ早かったのか!」

(ユアンさん、助けて…、もう、限界…。)

 

意識が暗転する。




私は奈落に落とされる。





…イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだ。

イタイ、イタイ、イタイ、イタイ。

ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ。

タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ。

オネガイ、タスケテ、ヤメテ、イタイ、イヤだ。

…やめろ。やめろ!

私を傷付けるな。

私を傷つけるのは許さない。

私を否定するのは許さない。

私を否定するものを否定する。

私を否定する、この世はいらない!

憎い。憎い。この男を許さない。

…許さない。

コロス、コロス、コロス、コロス。

この男を殺す!


(はっ!これは、私の感情だ!
 しかし、子供のそれから、大人の物になっている。
 変だ…。)









再び、意識が暗転する。








「ビョーッ、ビョーォゥ。」

不吉な印象の風の音がする。

気づくと、赤黒い空の下の、荒涼とした世界にいた。
横たわった状態から、私は両手をつき、体を起こす。
空気が悪意に満ち満ちて、殺気に漲っている。
ここでの呼吸一つで致死量の毒を含んでいるとしか思えない。

(どこ、ここは…)

両手で震える体を抱きしめる。
横座りしたまま、足がすくんで動かない。
一秒だって、ここに居たくは無い。
ここには愛がない。
先ほど父親に嬲られていた時ですら、ここよりは1000倍ましだと感じる。

すると、視線を感じる。

恐る恐る振り返ると、そこには一人の男が、超然と玉座に腰をかけていた。
顔は見えない。
額で二つに分けた、白銀の長い髪を足元まで伸ばした男性だ。
ゆったりとした、それでいて複雑なデザインのローブを見に纏っている。
男は右肘をつき、右の拳に自分の顎を乗せて、私を観察している。
右の足首を左膝の上に乗せている。
唇と顎のラインから、おそろしく美しい顔立ちだという事が分かる。
圧倒的な存在感。
この世界を具象化したかの様な禍々しい空気を身に纏いながらも、どこか神々しさがある。

ブルブルと震えながら私は男を見つめる。
もし、ここから、生きて帰る事ができた人間ならば、きっと彼をこう言うだろう。

「悪魔」と。

男が足を組み替えながら口を開く。

男「お前がここに来たのは…」

だが、よく聞き取れない。

私はまた、意識を失う。

なぜだろう…。

私はこの男を知っている気がする。

懐かしい…。










再び暗闇に落ちる。














…許さぬ、許さぬぞ、この男!

この星の神々に招聘された、創造主たるこの私を、ここまで嬲るのか!

光と叡智と共にある、この私をここまで辱めるか!

こんな事の為に、この星に来たのではない。

こんな事の為に、肉を纏って降りて来た訳ではない。

…祝福など、与えてやらぬ。

呪いの楔をこの地に打ちつける!

万里永劫呪われよ!

この男と同胞(ハカハラ)の生命体を一人残さず殲滅する。

この地を這い蹲る蛆虫共よ。

この地球(ホシ)ごと破壊する!















ユ「痛ッ!」


(はっ!)

気づくと、私はユアンさんに抱きしめられていた。

私は彼の背中に思い切り爪を立てていたのだった…。


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