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少女時代1

メインガイドのユアンさんに「緑の姫君」と呼ばれた夢をみました。
その後、寝付けずに、自分の子供時代の出来事を思い出しました。

今回はそのお話をしたいと思います。

私は涙ぐみながら、補助輪付きの自分の自転車をハンドルを握って引っ張って歩いています。
道路の左側を歩いていて、右側が車道になっており、体の右側に自転車があります。
当時小学3年生で、そろばん塾の帰り道での事でした。
そろばん塾から帰ろうとすると、自転車がパンクしています。
後輪に画鋲が3個刺さっていました。
年度途中に入塾した私の成績はあっという間に高校生レベルとなり、上級生達をゴボウ抜きにしていました。
それでいじめにあっていたのです。
しかも塾は父の知人のもので、仕事のつきあいもあり、やめる事が難しかったのです。

私は涙を堪えながら、自宅へと道路を歩いていると、ゆっくりと車が近づいてきて並走します。
車は白のセダン。車種はよくわかりませんが、クラウンだったような気がします。
外からは中が見えないように加工されたウインドウが下がると、中から40代とおぼしき見知らぬ男が声をかけてきます。

男「お嬢ちゃん、名前は?どうしたの。大変だね、家まで送っていこうか?
  車の中にお菓子とジュースがあるよ。
  大丈夫、お父さんの友達だからね。」

私「…。」

私は塾の事で腹を立てていたので、男を無視します。

(バカにするな。お前なんか知るか!
 人に名前を尋ねておいて、お父さんの友達はないだろ。
 今時菓子やジュースで小学生をつれると思うな!
 私は来年10歳だぞ。)

男「自転車どうしたの。さぁ、こっちにおいで。」

私「…。」

男は値踏みするような目つきで、なにかとネチネチと声をかけてきます。

(この手の奴はムシ!あぁ、イライラする!)

男「のど渇いたでしょ、ジュースがあるよ。」

私「いらんわ!」

男「このブス!死ね!」

男は私の頬に唾をはきかけて、高速で車は走り去っていきました。

私は悔しいやら、気持ち悪いやらで泣きながら

「お母さ〜ん。」

と叫びつつ自宅まで自転車を引っ張って走りました。


翌日また私は自転車を引っ張って帰っています。
あの後、母は自転車屋に修理に出してくれていて、塾には乗っていけたのですが、帰る際にはやはりパンクさせられていました。
しかも今日は新品のボールペンをへし折られています。
親に、どう言い訳するかに気を取られていて、昨日の車が背後から近づいてきているのに私は気づいていません。

(あぁ、新しいボールペンが欲しいって言ったら、無駄遣いをしてとお母さんに怒られるかな。
 それとも、かわいそうに、と優しくしてくれるかな。
 それかお父さんに頼もうかな。どっちがいいだろう…。)

実家は商売をしていた為、母は優しい人ですが無駄遣いを嫌います。
父は金使いが荒いですが、どんくさい私に甘いところがあります。ただし…。

バチン! ゴン。 ガシャァァ…。 

突然、目の前に火花が散ります。

私は車の窓から手を出した男に通りすがりざまに張り手を喰らわされていました。
体が吹っ飛び、電柱に顎と肩を打ち、側溝の上にうつぶせで倒れこみます。
自転車が車道側に倒れ、前籠がゆがみ、勉強道具が道路に散乱します。

震えながら手を突いて、上半身を起こすと自分が電柱と民家の壁の間にいる事に気づきます。
視線を感じて顔を上げると、昨日の車が5m程前方で、一旦停止し、猛スピードでバックして戻ってきます。
呆然と車をみつめていると、車は私のすぐ側まで、近づき、しばらく静止します。
しかし、突然、ガクンと車体が沈むと、ギュルギュルとタイヤを軋ませながら猛スピードで発車していきました。

私は両手と片膝をついて体を起こします。
口の中が切れて、鉄の味がします。
むき出しのひざ小僧はアスファストに強く打ち付けられ、表面が白く毛羽立っています。
見る見るうちに、スライスしたジャガイモにヨウ素を垂らしたかのように、紫色に変色し、傷口から無数の赤い小さなビーズがこぼれる様に、血が溢れてきます。

ふらつく頭を支えながら、私はなんとか立ち上がり、荷物を拾い上げ、自転車を立て直し、泣きながら自宅へと走って帰ります。

家に着くと母は仰天します。

「どうしたの?何があったの?言ってごらんなさい!」

両膝と口から血を流して泣きながら帰った私に母はそう言います。
父と、たまたま買い物に来ていた近所の年配の女性が駆け寄ります。
言い方がまずかったのでしょうか。
父の友達だと名乗る、見知らぬ男に突然殴られたと訴えます。
母は金切り声を上げ、

「お父さん!」

と父を呼びます。
父の顔色が変わります。
てっきり、母同様に自分をいたわってくれると思っていた私に、父はこう言います。

「しんじゅ☆♪、何を馬鹿な事を言うんだ。これは自分でやったんだろ。」

訳が分からず、いや、違うよおとうさん、知らない人がやったんだ、と言っても受け付けてもらえません。

「さぁ、もうお開きだ。親を困らせるな。家に入っていなさい。」

しかし、近所の女性がそれを咎めます。

「いや、これは事件だ。警察に連絡した方がいい。」

そう言います。

「あんたには、黙っていてもらおう、これは自分の子だ。
 すぐに嘘をつく、頭の悪い子だから、親の気を引く為にこんな事をしているだけだ。
 さぁ、帰ってくれ!」

「あなた、ちょっとおかしいんじゃないの?
 自分の子が血を流して帰ってきて、それを嘘つき呼ばわりするのはどうなの?
 それに、これは個人の家庭の問題じゃないわ。
 警察へは私が連絡します。」

近所の女性が父をたしなめてくれます。

結果、パトカーが自宅に来て、私は警察官に質問をされます。
警察官の質問に答えようとする私に、父が、横から、

「しんじゅ☆♪、違うよな。嘘を言っているだけだよな。
 それともほんとは知っている人を、知らないと思い込んでいるだけじゃないか?
 おまわりさん、この子は頭が弱くて、ちょっとおかしい。
 まともに受け取らないでやってください。」

私は頭が混乱してきて、警察官の質問にうまく受け答えが出来ません。
しばらくして、警察は帰っていきました。
近所の女性が

「しんじゅ☆♪ちゃん、大変だったわね。ゆっくり休むといいわ。」

と優しく声をかけてくれます。私は涙が出てきました。

父「お前は今日は疲れただろう。明日は学校を休むといい。
  好きなアイスクリームを食べてもう部屋に入りなさい。」

私は安心しました。

その時は。









真っ暗な車庫に私はいます。

後ろ手にビニール延伸テープで手首を縛られ、その先はトラックの荷台につながっており私は地べたに座る事もできません。
テープで猿ぐつわもかまされていましたが、それは自分の八重歯で噛み切りました。
口が自由になったので、助けをぶ為に叫び続けましたが、誰も現れません。

あれから何時間かが経っていました。
客が帰った後、店をたたんだ父に

「親に恥をかかせやがって!」

と大量の往復ビンタを喰らい、この有様です。
畑のど真ん中にあるこの車庫には夜は人が近づきません。
叫び続けて、のどが痛いし、お腹も減っている。また座る事もできず、辛い状態です。
なにより、トイレに行きたい。

「しんじゅ☆♪いる?助けに来たよ。」

暗闇に母の声がします。

「お母さん、ここ!」

すると、突然光が差し込みます。照明がついたのです。
しかし、それをつけたのは母を待ち伏せしていた父でした。

「助けに来るなと言ったはずだ!!」

父が母の腹を蹴飛ばします。
母がシャッターに「ガシャーン!」と大きな音を立てて倒れこみます。

「お父さん、やめて!しんじゅ☆♪を許してあげて!」

懇願する母に父は容赦なく蹴りを入れ続けます。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

私は助けてもらえると思った直後の事もあり、恐怖で悲鳴があがり、失禁します。

(次に、次に蹴飛ばされるのは自分だ!逃げなければ!)

しかし、トラックにくくりつけられている私に逃げ場はありません。

悲鳴をあげ続けます。

「やかましい!」

父に殴り飛ばされて、何かの加減でビニール延伸テープが裂けて、私はコンクリートの床に倒れこみます。

恐怖のあまり、戻しそうになりますが、最後に食べたのは給食でしたから、胃の中はからっぽ。

「カハッ、カッ。ケホ。」

白っぽい、透明な液体が口からぽたぽたと流れ出します。

ただでさえ、助けを呼び続けて枯れた喉に、胃液が逆流し、焼け付くような痛みとエグミが口いっぱいに広がります。

コンクリートに横たわった私が最後に目にしたものは、父に髪を掴まれて引きずられていく母の姿でした。

再び暗闇に沈みます。

(つらい、痛い、怖い、寒い、寂しい、お腹が減った。なにより水が欲しい。)

シャッターの外では鈴虫の鳴き声が静かに響き渡っています。

(明日は学校を休みにすると言っていた。
 明日中もこのままかも知れない。もうやだ…。)

冷たいコンクリートの上にうつぶせている私の頬を温かい涙が伝います。

(…何か他の事を考えよう。
 そうだ!この間読んだ、エジプトのミイラの話は良かったな…。)

それは小学生向けの教材用の真面目な本でした。
私が心惹かれたのは、ミイラに花束が添えられていたという話です。
私の脳裏に、10本程の白いマーガレットの小さな花束が思い浮かびます。
エジプトだから、マーガレットではないでしょうけど、あくまで自分のイメージです。

古代のエジプト人は死者が蘇ると信じていて、ミイラを作った。
鼻の穴から、脳を引きずり出し、腸などの内臓もくりぬく。
アルコールで消毒した後、穴に布を詰める。
香油と染み込ませた包帯で体を包み、黄金の棺に死体を納める。

(そんな状態で、もし人間が蘇ったら、その本人も困るだろうに…。
 古代エジプト人は何を考えているんだ?)

そんな事を思いながら読み進めていくとイギリス人の冒険家がファラオの呪いに負けず、王族の棺を発見したという話が出てきます。
その棺の主は若い男性で、その花束はきっと恋人からなのだろうという話でした。

敬遠しかけていた古代エジプト人が身近に感じられました。

(これは愛の物語だ。
 私なら、花束は色とりどりのたくさんの花で埋め尽くす。
 いや、やっぱり好きな人と別れるのはつらい。
 だから、私が先に死にたいな。お花はいらない。

 死者が復活したという話は聞かないな。
 やっぱり、人間は死んだらおしまいなのかな…。)

涙が頬をつたいます。

(こんなに喉が渇いて、水が欲しいと言うのに、涙は流れるのか…。
 このまま私がミイラになってしまうのかもしれない…。

 あのミイラと私の違いはなんだろう…。)

私は自分の尿と、胃液と涙にまみれながら、後ろ手に両手を縛られて、真っ暗闇の中、冷たいコンクリートの床にうつぶせで横たわっています。

(あぁ、王様じゃないからなのか…。)

意識が遠のきます。

(生きているのが、つらい…。)

その時、どこからか微かに声が聞こえます。

(お前はまだ幼い・・・。
 可哀相だが、自分ひとりの力では生きてはいけない。
 人に愚図だと思われてもいい。
 まずはそのまま生き延びろ。)

それは知らない男性の声で、

(あぁ、私は父の言うとおり、頭のおかしい人間なのだろうか…。)

そう思いながら、意識を失います。


私が助けられたのは午後11時半過ぎの事でした。
父が眠ってから母がこっそり助けてくれたのです。
母は泣きながら謝っていました。

「私が弱くて、しんじゅ☆♪ちゃん、ごめんね。」

私が母に取りすがると母は体を硬直させます。

私より激しい暴行が加えられていたのは明白でした。
何も言えなくなって、二人で黙って台所の床の上で泣き続けていました。

音を出すと、声をあげると父に気づかれる。
温かいお湯を浸したタオルで体を拭ってもらい、その夜は休みました。


こんな事は幼い私にとって、日常茶飯事でした。

…父は異常でした。


不幸だとあなたは思いますか。
私はこれを幸運だと思っています。

この事件で警察を呼んでくれた近所の女性、この人は民生委員さんでした。
この数年後、母が病死します。
それと同時に父の事業が傾きます。
姉と私は日常的に父から暴行を受けます。
人目に触れる顔と手足以外は常に生傷が絶えませんでしたが、私たちは大人にそれを告げませんでした。
大人を信用していなかったのです。
恥ずかしい、という気持ちもありました。

しかし、この事件のせいでしょうか。
この女性が何かと気にかけてくれました。
それ以外にも私が心が折れそうになると、きまって必ず

「お父さんには内緒よ?」

と言って、近所の女性達が五百玉や千円札を握らせてくれました。
このお金で私は弟と文房具を買いに行っていました。

(いつか人の役に立つ人間になりたい。)

子供心に、そう誓いました。
それで、今の職業についています。
彼女は私が高校を卒業するのと同時に娘さんと同居する為引っ越していきました。

もう一つ、この事件で、私は拉致を免れています。
おそらく私を襲った男性は、私を車に連れ込みたかったんだと思うのです。
しかし、私は電柱の影に倒れこみ、その前には自転車が塞がっています。
しかも、気絶するかした状態を期待していたんでしょう。
思いのほか私がしっかりしているのを見届けて、手間がかかりすぎる、と判断し去っていったものと思います。

事件の後、母とこんな会話をしています。

「お母さん、しんじゅ☆♪ちゃんが、お家に帰って来てくれて、よかったわ!
 きっと、あれは人攫いだったと思うの。
 ケガをしちゃったけど、家に帰ってこれただけでも神様に感謝したい気持ちよ。
 きっと、しんじゅ☆♪ちゃんが、倒れた後、気絶しなかったが良かったのね。」

「お母さん。
 お父さんのビンタに比べれば、一発で済んで良かったよ。
 じゃあ、よその家の子はお父さんに叩かれないらしいから。
 お隣の子が狙われていたら、攫われちゃっていたかもしれないね。
 じゃあ、私があんな目にあって、良かったんだね。
 私は慣れているから、叩かれるのに強いから。
 だって、お友達が攫われちゃったら、悲しいもん。
 神様ってすごいね。」

「しんじゅ☆ちゃんは、強くて、優しい女の子ね・・・。
 無事に帰ってきてくれてありがとう。
 帰ってきてくれなかったら、お母さん、悲しくてどうにかなっちゃうところだったわ。」

この頃、私の実家近郊で類似の事件は発生していません。
それがなにより嬉しく思います。



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