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少女時代26

私「お母さん…。」

母「ん?何?しんじゅ☆♪。」

私は母屋からお店へと続くドアをそっと押して、その陰からおずおずと商品の陳列をしている母に声をかけました。

私「……。」

母「どうしたの?こちらへいらっしゃい。」

母親は卵のパックを棚に陳列しながら、ちょっと振り返って私に声をかけてくれます。

私は駆け足で母親の太ももに抱きつきます。
母は食品を冷蔵している関係で、店内が常に冷えているため、防寒の為にズボンをはいていました。

母「あ、ちょっと。危ないわよ?どうしたの、しんじゅ☆♪?」

私「……。」

そう言って、片手で私のおかっぱ頭を撫でて、卵の陳列をいったんやめて、値札貼りに仕事を切り替えます。

母「黙ってちゃ、分からないわ?言葉にして言ってちょうだい。」

私「…お父さん、嫌なの。」

母「えぇ?お父さん?」

私「お母さんと寝たい。」

母「あらあら?赤ちゃんが家に来て、しんじゅ☆♪ちゃんも赤ちゃん返りしちゃったの?
  でも、お母さん、赤ちゃんにつきっきりだから。
  赤ちゃんも夜中に泣き出すし、しんじゅ☆♪ちゃんも寝れないわよ?」

私「…お母さんがいい…。」

母「ダメよ〜。しんじゅ☆♪ちゃん、もうお姉ちゃんなんだから。
  お父さんと寝んねしなさい。」

私「う…イヤ…。」

母「…もしかして、お父さんに叱られたのかしら?
  そういえば、お腹が痛いと言っていたわね。
  何か悪い物でも食べた?」

母親は自分の足元にじゃれつく私の方を見ずに、値札のシールを貼る機械を片手に、カチャンカチャンと角麩に次々とシールを貼っていきます。

私「お父さんにきっくされた。」

母「きっく?あぁ、お姉ちゃんから覚えた言葉ね。
  どうしてそんな事するの?」

私「お父さん、しんじゅ☆♪ちゃんが、ステゴだって。
  だから、ポンポ痛いことするの。」

母「あはは。捨て子の訳ないじゃない!
  お父さんったら、またしんじゅ☆♪にウソついて!」

カチャン、カチャン、カチャン、とリズムよくシールを打っていた母親の手が止まります。

母「キック…。ポンポ痛い…。
  しんじゅ☆♪ちゃん、他にどこか痛くなかった?」

私「頭と、アンヨとお手手と、ぜんぶ。
  チーしたら、泣いちゃった。」

母「…まさかね…。
  全部が痛いなんてことはないから、この子が構ってほしくてそんな事を…。」

私「かまってほしくて?」

母は膝を折って、目に涙をためた私の目線まで降りてきてくれ、そして頭を撫でてくれました。

母「しんじゅ☆♪ちゃん、さみしかったのね。」

私「しんじゅ☆♪ちゃん、さみしかったの。」

私の目から涙がポロポロこぼれました。

母「でもね、しんじゅ☆♪ちゃん。
  生まれたばかりの赤ちゃんはね、自分でご飯を食べることもできないの。
  だから、お母さんがつきっきりでいないと死んじゃうの。」

私「赤ちゃん、死んじゃうの?」

母「そう。死ぬって分かるかな?」

私「いたいめにあわせて、しばらく会えなくなることだよ。」

母「あら?こんな難しい言葉が分かるなんて、驚いたわ。」

私「みかえるが言ってたの。」

母「みか…?誰かしら。でもだいたい合っているわ。
  必ずしも痛い目に遭う訳じゃないけどね。
  でも、そうか…上手に説明してくれた人がいたのね。」

私「みかえるはお父さんとお母さんと『いわばともだち』だって。」

母「いわばさん?知らない人ね。今度会ったらお母さんに教えてちょうだい。
  しんじゅ☆♪ちゃん、知らない人について行っちゃダメよ?」

私「うん。でも、もう会えないって。さいごだって言ってた。」

母「そう。もうお別れしちゃったのね。残念。」

私「…うぅうぅ〜。」

私は涙をポロポロこぼして泣きじゃくります。
母親は私を抱き寄せて、背中をポンポンと叩いてくれます。

母「よしよし。お友達とお別れして、さみしいのね。」

私「…うん。ヒック。…しんじゅ☆♪ちゃん、ざみじぃ…。置いでかれたの…。
  づれでってって、お願いしだのにぃ…。グシッ、グシッ。」

母「お母さんは、しんじゅ☆♪ちゃんを置いて行ってくれて嬉しいわ。
  その、いわばさんとか、みか何とかさんにね。」

私「…みがえるぅ…。ウィック、ヒック…。」

母「こんなに小さいのに、お別れが悲しいと分かっているのね。
  よほど大切なお友達だったのね。みが何とかさんは。」

私「しんじゅ☆♪ちゃん、ざみじぃよぉ…。ウック、ウック…。」

母「はいはい。しんじゅ☆♪ちゃんは、お母さんの大事な子だからね。
  お友達に連れて行ってもらっては困りますよ?」

母親は私を泣きじゃくる私をギュウっと抱きしめて、頭を撫でてくれました。

母「心配しなくても、大丈夫よ。
  お友達なら、きっと、いつか、また会えるわ?」

私「ほんとう?」

母「大きくなっても、覚えていたら、きっとまた会えるわよ。」

私「おおきくなっても、おぼえていたら、また会える?」

母「そう、きっとね。お友達なら心がつながっているから、世界中、どこに居ても、いつか必ずね。」

私「ほんとうね。」

母「はは。信じなさいな。おちびちゃん。」

私「うん。」

母「やっと笑った!それにしても、こんな子供に難しい事を覚えさせて。
  こんな小さい子にこれだけ悲しませるなんて、謎の人物ね。
  お母さんも一度会ってみたかったわ。」

私「みかえるに、また会える!」

母「やっぱり、みか何とかさんなのね。
  まるで、外国の人みたいな名前ね。
  しんじゅ☆♪ちゃんが大きくなったら、外国へ探しに行くことになるかもね?」

私「がいこくぅ?」

母「さっきのキックも外国の言葉よ?
  しんじゅ☆♪ちゃんが、大きくなる頃には、海外旅行もスイスイ行けちゃうかもね?」

私「かいがいりょこお。」

母「うふふ。まだまだ先の話よ、おちびちゃん。
  ね、しんじゅ☆♪ちゃん、話は戻るけど。
  赤ちゃんはね、まだまだ手がかかるの。
  だから、赤ちゃんより先に生まれて、大きくなったしんじゅ☆♪ちゃんは、もう一人でご飯が食べれるでしょう?
  だから、夜のお寝んねは、お母さんとじゃなくて、お父さんとしてちょうだい。」

私「お母さんがいい。」

母「みか何とかさんと一緒よ。
  今、お母さんが赤ちゃんのお世話をしないと、赤ちゃんと会えなくなっちゃうわ。
  ここはしんじゅ☆♪ちゃん、ガマンしてちょうだい。お願いよ。」

私「…赤ちゃんと会えなくなる…。
  そんなの、イヤ。
  しんじゅ☆♪ちゃん、ガマンする。」

母「そう!偉いわ!
  優しい子ね。」

私「えらい?」

母「立派という意味よ。
  そして、しんじゅ☆♪ちゃんは、お利口で優しい子ね。」

私「りっぱ?」

母「人より、より良いという意味ね。」

私「しんじゅ☆♪ちゃん、りっぱになる!」

母は目を細めて、私の頭を撫でてくれました。

母「…しんじゅ☆♪ちゃんは、立派を目指さなくてもいいわ。
  私はしんじゅ☆♪ちゃんが、五体満足で生まれてきてくれただけで十分幸せよ。」

私「ごたいまんぞく?」

母「体に不自由がないという事よ。
  そして、そのまま大きくなって。
  優しい女の人になって欲しい。」

私「やさしい女のひと?」

母「ふふ。
  優しいという字はね。
  人に憂(うれ)うと書くのよ。
  人の悲しみまで理解できる人。

  そして、優しいという字はスグルとも読むの。
  優秀の優という意味でね。
  人より秀でているという意味よ。

  他人の分まで悲しむなんて、要領の悪い、損な性質だと言う人もいるけれど。
  お母さんは、しんじゅ☆♪ちゃんに、優しい女の人になってもらいたい。

  人の痛みまで分かる事が出来る人が、本当は優れているのよ。
  素敵じゃない?

  そして、欲を言えば、人の役に立つ大人になって欲しい。
  大人になって、社会に貢献するような人になってくれたら最高ね。」

私「さいこー?」

母「うふふ。もちろん理想はね。
  でも、まずはしんじゅ☆♪ちゃんが、素直に大きくなってくれれば。
  
  そして、優しい女の人になってくれれば、十分よ。
  人に迷惑をかけなければ、それでいいと思うわ。

  それだけじゃなくて、人様の役に立つ仕事に就いてくれたらって考えちゃうけど。
  それは欲張りかしらね?

  まだまだ、小さいのに、つい熱が入ってしまったわ!
  漢字も習っていないのに、こんな事言っても分からないよね?

  しんじゅ☆♪ちゃんは、まだ4歳ね。
  未来は未知数よ。
  
  お母さんは、しんじゅ☆♪ちゃんの事を、神様からの預かりものだと思っているの。
  親の欲目でついつい、自分の言う事を聞かせたくなってしまうけれど。

  もっと、自然に任せなければね。
  いつの間にか、大泣きしちゃうくらい、大事なお友達ができていた事だし。
 
  女の子の成長は、早いわ。
  まだまだ、家の子でいてね、しんじゅ☆♪ちゃん。」



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