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少女時代22

教師「さぁ、答えたまえ!君の持つ、ジャンヌ・ダルクの人物像を。」

世界史の教師が室に入るなり、不機嫌そうに教卓へ自分が持ち込んだ教材を叩きつけたかと思うと。
チャイムが鳴ると同時に、目に付いた女子高生へと唐突に質問を投げかけた。

いつも独特の雰囲気を放つこの高校教師は、同僚である他の科目の教師たちとも一線を画しており。
職員室では浮いた存在で、普段は資料室を根城としている。

どちらかというと、粘着質な質問を投げかけるタイプの教師ではあったが、今日はことさら機嫌が悪い。
チャイムと同時に指名され、起立させたれて女子生徒は、戸惑いを隠せない。

まるで前フリがなかったし、怒気を含んだ教師の物言いに、怖気づいているのが伺えた。

生徒A「え…と。あの…。昔のフランスの女の子で…。」

教師「そう、フランス人だ。600年ほど前のね。」

生徒A「あの、えっと、英雄だとか…。すみません、詳しくは知りません。」

教師「ふん。英雄か。その程度とはね…。次、その後ろの生徒、答えなさい!」

生徒B「え?私ですか?あの…。えっと、男装の…。戦いに行った人で…。」

教師「そう、戦争だ。それは何戦争か?」

生徒B「…分かりません。」

教師「ふん、百年戦争だよ。座ってよし、次、その後ろ!」

生徒C「え?あの、救国の乙女とか…。多分、革命家だと思いますけど…。」

教師「その知識はどこで得たのかね?」

生徒C「え?多分、テレビか本で。」

教師「本とは?」

生徒C「えっと、多分、漫画です…。」

教師「はっ!漫画ね!次、そこで笑った、君!答えなさい!」

そうして、教師は次々を女子生徒を起立させ、ジャンヌ・ダルクに対して持っている知識を発言させる。


私は、仲の良い友人達と、こっそり目配せをして、『あいつ、何怒ってんの?』
『さぁ、更年期じゃね?』とこそこそと言い合う。


生徒達が答えた内容は、概ね、『英雄』『救国の乙女』『男装の麗人』『戦いの旗印』的な印象ばかりだった。


とにかく、世界史の教師はピリピリと殺気だっており、生徒達も落ち着かない。
チャイムが鳴っても数分間はざわざわと落ち着かない、いつもの商業高校の授業風景とはまったく異なる午後一番の授業のスタートだった。

教師「はぁー。本当に、君達の情報収集力の無さにはがっかりさせられたよ。
   君達は、かのジャンヌ・ダルクが活躍したのと同じ年頃だ。
   彼女は17歳で、フランス王国の滅亡を救うべく、神の声を聞いた聖女として戦場で馬を駆り、旗を振って、王太子を国王の座へと押し上げた、歴史上の実在する人物だ。

   そして、彼女に対する、君達のイメージ。
   まるで、砂糖菓子だね。
   甘くて、素晴らしいものであるかのような印象を完全に刷り込まれている。

   今日は、ジャンヌ・ダルクについての授業を行う。
   教科書を開く必要はない。
   試験に出る内容は、ごく僅かだ。
   
   君達に社会の不平等と理不尽さについて考察を深めてもらう為の授業だ。
   テストに関係ないから、といって、注意力を散漫にしてみなさい。
   
   試験だけでは計り知れない、社会の仕組みをまったく理解せずに君達は社会に放り出されることになる。
   人生は長い。
   それこそ、学校を卒業してからの時間の方が、遥かに長いのだから。

   テストの点数だけに拘る、狭小な人間となっては、結局自分自身の首を絞める結果になる。
   少なくとも、私の話に傾聴する様に!」

バンッ!
世界史の教師は教卓に名簿を叩きつけて、注意を呼びかけた。

私達は息をひそめ、どうやら、今日の授業は大人しくしているに限る、とアイコンタクトを取り合った。

教師「まずは、神の声を聞いた、聖女。
   この人物像からして、いい加減なものだ。
   神の声を聞いていて、なぜ自分が火炙りにあうのが分からなかったのか?
   この一点だけでも、神や精霊などを信じる輩の言うことの不確かさが伺えるね!」

教室内が、ざわつく。
えぇ?火炙り?そんなつぶやきが囁かれる。

教師「そうだ。火炙り、魔女裁判だ。
   君達の頭の中には、年端もいかない少女が大活躍した、という印象しか残っていないと思うが。
   現実はそんな夢物語ではない。
   実際に戦場で活躍したのは史実だといえるが、その末路は哀れだ。

   宗教裁判にかけられ、異端審問にあい、火炙りの憂き目にあっている。
   救国の英雄が聞いてあきれる。

   彼女は今で言う、タカ派のテロリストだ。
   新しいフランス国王を作り上げたまでは英雄だったが。

   その後、政変が起きて、国王にとっては都合の悪い存在に格下げした。
   為政者の都合と利害関係の為、かつての英雄は、今度は戦争犯罪人扱いだ。

   結局、神の声を聞いたと騙る狂人。
   そして異端審問にかけられ、異端として処刑された、という訳だ。」

教室内のざわめきが一気に沈下する。

教師「あぁ、ジャンヌは最初、投獄された際に、いったん改宗している。
   神の声など、聞いていないとね。
   自分は従順なクリスチャンだと…。
   それで、いったんは、減罪されて、釈放も視野に入れた扱いを受けるはずだったんだが。
  
   途中で彼女は髪を短くし、男装に戻った。
   この時代、女性が男装している事自体が異端であるにも関わらずだ。
   それにより、結局彼女は魔女の烙印を押され、処刑されている。
   いわば、自滅行為だね。」

教室内ではソワソワと動く生徒は誰もいなくなった。

教師「『男装の麗人』最初にそう述べた生徒がいたね。
   ジャンヌは若干17歳で戦場に出ている。
   男の格好をして、まだうら若い乙女が必死になって戦場を駆け巡る姿は、当時の仲間達の士気を鼓舞した。 
   その点では間違いなく、彼女は英雄だったと言えるね。

   しかし、彼女がやせっぽちで、中世的な外見だった事から、魔女だと言いがかりをつけられてもいる。
   長い歳月戦場で男装して活躍できたのは、彼女が無月経だったとの説もある。
  その結果、両性具有説が飛び交い、彼女が交信しているとされる存在は悪魔に違いない、と裁判にかけられたんだ。

   ま、私は神や悪魔などの存在は信じていないがね。

   当時の科学も発達していない、迷信が生きている、迷妄な群集からは、その様な発想が出てもおかしくは無い。
   いや、むしろこれは当時の協会側が群集に情報操作をして煽った結果とも言えるね。
   教会側が、組織に従属せずに、神と交信ができる存在など、許すはずも無く。
   間違いなく、宗教団体にとって、彼女は目障りな存在だったのだよ。
   
   それで、かつては国王を祭り上げた英雄の彼女を公開処刑という形で抹殺した。
   見せしめの意味も込めてね。
   さて、彼女の死に方を知っている者!
   君、答えなさい!」

教師が適当に生徒を指名する。
あてられた女子生徒は不審そうに答えを言う。

生徒D「あの…火炙りですよね。」

教師「そう、その死因は?と尋ねている。」

生徒D「火傷で死んだんじゃないんですか?」

教師「焼け死んだと?」

生徒D「そう、思います。」

教師「違うな!そんなのは思い込みだ。
   火炙りにあったから、焼死体になったと考えたんだろう。
   座ってよし。次、後ろの者!答えなさい。」

生徒E「私も火傷だと思いますけれど…。
    それなら、恐怖でショック死したとか…。」

教師「違う、違う!もっとリアリティを持って想像するんだ!
   座りなさい。この質問に答えられる者!」

教室内の生徒達も首をかしげる。
火刑にあったのなら、焼け死んだんだろうに…。
何を言っているのか?そんな空気が伝わる。

しばらくして、誰かが、窒息死?とつぶやく。

教師「そう、火傷ではない。
   多少の火傷はあったかもしれないが、実際は足元で燃やされる煙を吸引しての、窒息死だ。

   炎をたかれて、その真上にいたら、酸素などない。
   焼け死ぬのではなく、燻されて死んでいる。
   いわば、燻製だ。

   肉体に火が燃え移る前に死亡して、衣服が少し焦げた状態で遺体は十字架から降ろされている。
   その肉体はまだ火傷にさらされていない。

   さて、これからが公開処刑の恐ろしい所だ。
   彼女の遺体は衣服を剥がされ、裸体として群集にさらされる。
   それも足を広げて、性器を見せるためにだ。

   彼女は神の声を聞いた聖女でもなければ、両性具有の特異な人間でもない。
   タダの騙り、不信心者、犯罪者として、その遺体をさらされている。
   年頃の娘だというのにだ。
   
   彼女の存在は、教団にとっても、為政者の思惑にとっても都合の悪い存在だった。
   そのために、彼女の神性を地に貶める為のパフォーマンスとしてこんな非人道的な行いが国家レベルで行われていたのだ。」

女子生徒達が息をのむ。
教師の話を聞いているだけで、同世代の同性として、どうしても胸が悪くなる。

教師「最初彼女は群集に支持されていた。
   シャルル7世を見事フランス国王の座につけた、いわば立役者だ。
   
   しかし、シャルル7世は自分が戴冠した後、彼女の処遇を変えた。
   政局が変わったのだ。
   そして、彼女を見殺しにして、異端審問での処刑も黙認した。

   キリスト教徒では普通、葬儀で火葬はしない。
   土葬が一般的で、神の御許に帰る為、土に還すのが基本なのだ。

   それが、結局、裸体をさらされたジャンヌは火葬され。
   さらに、セーヌ川に遺骨を流された。

   キリスト教徒にとっての最大最悪の罰を与えたのだ。
   これが、一女性に対する、国家の仕打ちだ。

   たかが、一女性が、いくらカリスマ性を持っていたからといって、そこまで国家に仇をなしたとは思えない。
   百年戦争の最中の事だ。
   各国列強との兼ね合いをとるため、フランス国王にはタカ派のテロリストはもはや邪魔者だったのだ。
   いや、むしろ、ジャンヌはフランス国内で権勢を振るう、貴族達の思惑の犠牲になった、とも言える。
   タカ派のテロリストには貴族達の思惑など、到底思いもよらず。
   陰湿な宮廷内での権謀術数の手駒にされ、結局利用価値が無くなり捨てられたのだ。
   
   それが、救国の乙女の真実だ。
   国を救っただけでは終わらない。
  
   その英雄の末路はあまりに哀れだ。
   そして、その事実を君達は知らない。

   君達が知ろうとも思わないだろうし、知らされていないからだ。
   醜い話だ。
   
   歴史を学ぶ、という事は、その裏の真実を見抜かなければならない。
 
   彼女が聖女として、列伝したのは彼女の死後。
   国家で抹殺した少女を英雄として復活させたのは、これまた歴史の表舞台に飛び出してきた、ナポレオン・ボナパルトだ。
   当然、ジャンヌの処刑に関わった者など、生きてはいない。
 
   既に利害関係者はこの世にいない。
   だからこそ勝手に後世の者が、彼女を英雄として復活させた。
   それも、その者の、プロパガンダの為だ。

   彼女自身の功績によるものではない。

   つまり、世の中に知らしめられている情報なんてものは、常に為政者の意に沿う形に歪められている物なのだよ。
  
   それを見抜くには真実を知る事。
   一つの情報を鵜呑みにするのではなく、別の角度から考察を加えること。
   確かな情報源を持つことが必要なのだ。
   さぁ、諸君、正しい知識とは何処から仕入れるのがいいと思うかね?君!」

生徒F「え…。テレビのニュースとか、新聞?」

教師「いい答えだ…、と言いたいところだが。
   テレビ局にもスポンサーが、新聞社にもスポンサーがいるものだ。

   つまり、パトロンに都合の悪い事は、言及しない傾向がある、という事だ。
   最初から、言論統制が行われている。

   法治国家日本とはいえ、ここにも理不尽な情報操作が行われているのだよ。
   憲法に言論の自由が謳われているにも関わらずだ。

   君達は大人の言う事を信用してはならない。
   教科書に載っている事も、信用してはならない。

   そこには必ず、何者かの思惑が働いているからだ。
   国家斉唱もそうだ。
   就職の条件に結婚退職の承諾もそうだ。

   世の中には理不尽と不合理が溢れている。

   常にアンテナを高く持ち、真実を見抜きなさい。
   生き抜くには欺瞞を許さず、賢くありなさい。

   賢者は歴史に学び、愚者は失敗に学ぶ。
   社会に出るには、歴史など価値がないといわれるかもしれないが。
   歴史を学ぶことで、人類は発展するはずだ。
  
   その為に歴史家はいるのだから。
   自分で学ぶ気持ちを失くした者には、それ以上の発展は無い。
   こころして、勉強に望みなさい。

   さて、日本の最高法規は憲法だ。
   その出典は何処の何からだね?はい、君!」

生徒G「あ、ドイツのワイマール憲法です。」

教師「よろしい。
   では六法の一つ、民法の出典は?」

生徒G「え?それは…知りません。」

教師「フランス共和国法典だ。
   フランスの主婦がパンを寄越せと騒いで、バスチーユを襲撃した。
   これが発端でフランス共和国法典が作られている。

   遠い異国の昔の出来事が、この現代日本の庶民の暮らしを支える民法に反映されている。
   ジャンヌ・ダルクの事も、巡り巡って結局自分達の身を守る何かにつながっている、という事だ。
  
   他人事だと思わずに聞いていなさい。
   実在した同世代の女の子の話だ。 
 
   最初に言った、ジャンヌが神の声を聞いた、という話も。
   彼女が癲癇を持っていたための、癇癪気質だから、という説もある。

   癲癇を患うものは、時にエキセントリックで幻覚を見ることもあるからだ。
   彼女は普段は堅苦しいまでに真面目な人間で、厳格なクリスチャンだったが。
   その一方で、時に激しく攻撃的になる人格だったらしい。
   これは典型的な癇癪気質の表れだ。

   しかし、人間の脳には、まだまだ科学のメスが入らない、未知の領域がある。
   脳の側頭葉には、『神の回路』と呼ばれる組織があり。
   癇癪気質の人間にはこれにアクセスする事があるそうだ。
   沖縄のユタとか、恐山のイタコに同様の事がいえるかもしれない。

   そういうものを迷信も含めて、神懸り、と言っていたのかもしれないがね。

   しかし、彼女は投獄されて、一旦は改宗し。
   そして、火炙りにされる直前は取り乱して震えて泣いて命乞いをしたらしい。
   これを聞く限り、私は彼女は神懸りでも、なんでもない。
   思い込みの激しい、普通の少女だったと思えるよ。

   だが、そうだな…。
   彼女は亡くなる直前、こうつぶやいたらしい。

   『神よ、全てを委ねます』と。

   この一点を聞く限り。
   やはり、彼女は聖女に列伝するにふさわしい人物だったのではないか、と歴史の教師として認めざるを得ないよ。
   彼女は自分の信条の為に命を懸けたからね。」


教室内にチャイムが鳴り響いた。



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