弟「姉ちゃん、もう、本当に警察に行った方がいいって!」
四つ年下の弟が涙ぐみながら、私に呼びかける。
私は中学2年になっていた。
私「痛ッ。」
頭と額を押さえる。手の平に血が滲んでいる。
弟「ほら、血が出てんじゃん。ひどいよ。父ちゃん。いつか殺される。」
中学に上がると同時に父親の暴力は頻繁になっていった。
母親が小学6年の時に死亡すると同時に家業が一気に傾いていた。
自営業を一人で回すつらさからか、父はほぼ毎日私に暴言を繰り返す。
父「お前が生きているだけで、金がかかる。
親孝行すると思って、早く死ね!
なんで、今日も生きているんだ。」
そんな、無茶な、と思い、暴言を聞き流していると、
父「親を見下しやがって!こっちに来い!!」
と言っては、髪を掴みながら、倉庫へ引き込まれ、殴られるのが常だった。
殴るといっても、手が痛むからという理由で、タウンページなどで叩かれる。
角が当たると、こうして流血する事になるのだった。
人目に触れる顔と手足以外は痣だらけ。
髪の毛の中はコブやかさぶたがたくさんあった。
私「ははっ!鏡餅みたいなコブが破れて出血してらぁ。
大丈夫だ、K(弟の名前)。
首から上の出血は、多く見えるだけで傷はたいした事ない。
内出血より、切り傷の方が治りが早いんだ。
心配するな。」
弟「でも、こないだなんか、父ちゃん、包丁を振り回してたじゃないか。
割れたグラスを投げつけてくる事もある。
もう、これは犯罪だ。警察に言った方がいい。」
私「警察に言ってどうする。
しばらくしたら、親父が帰ってきて、結局保護者だ。
よけいにボコボコにされるだけだ。」
弟「それじゃ、もう、姉ちゃん、この家を出た方がいい。」
私「未成年の中学生がどうすればいいんだ。
まだ働けやしない。」
弟「どこか、親戚に頼るんだよ。」
私「親父の親戚はダメだろ。全然兄弟仲が良くない。
それどころか、お母さんの葬式の時、姉さんのスカートをめくって足を撫でて謝りもしない下劣な連中がいるところだ。世話になんかなりたくない。」
弟「じゃあ、お母さんの在所は。」
私「法要の時、揉めちゃったから、行きづらいんだよ。
それにそんなに裕福な家庭でもない。
面倒なんかみてくれそうもないな。」
弟「でも、○○のおじさんは?あそこは金持ちだろ。」
私「あぁ、金回りは良さそうだが。
でも、あのおじさんは血が繋がってないしな。
K子おばさんの旦那さんだから。
おばさんは姑と仲が悪いと言っていたし。
いとこも女の子3人だ。
世話になりづらい。」
弟「でも、ここにいるよりは。頼んでみたら。」
私「あぁ、いとこ達が出かけた時でも遠慮せず泊まりに来いって。
大人の味を教えてやるから遊びに来いって、親切に誘ってくれる。
でも、何だか気になるんだよ。
昔、私の事をぱいぱんって呼んでいた事が。」
弟「何、それ。」
私「何でも麻雀の絵柄のない奴らしいんだけど。
それを舐めるのが男の夢だとか何とか言って、
私を見て、ニヤニヤしてたのが、どうも引っかかる。」
弟「そんな事言わずに、この家を出なきゃ。」
私「うん。でも、私の第6感が告げるんだ。
この家にいた方がマシだって。
やっぱり、やめておく。
警察沙汰になれば、お前が犯罪者の息子になってしまう。
うまく、暴力をかわすよ。
…悪い、気分が悪くなってきた。
目がチカチカする。」
弟「病院に行った方が…。」
私「いや、無理だろ。…疲れたもう寝る。」
弟「姉ちゃん…。」
私「つらい時は、明日考える。
こないだテレビでやってたんだ。
外国の映画でさ。
女優さんがピンチになった時、
「あぁ、辛すぎる。明日考えましょう。」って言って映画が終わった。
姉ちゃんはあの女優さんを見習う事にする。」
頭がクラクラするのでよつんばいで階段を登る。
階段を登りきったすぐの左側にある曇りガラスがはめ込まれた障子戸を開ける。
階段のワット数の低いオレンジ色の光を頼りに、暗闇の中、押入れからふとんを引きずり出し、傷ついた体を投げ込む。
こんな事がいつまで続くんだろう。めまいがする。
弟にはああ言ったが、もう死んでしまいたい位つらい。
泣きながらすぐに意識を失う。
ふと気づくと夜中だった。
体の痛みはあるが、めまいは治まったようだ。
隣で姉が寝ている。
台所で水を飲み、再び布団へと戻る。
そういえば、昨日、クラスの女子が不思議な事を言っていた。
クラスでもユーモアセンスのある、Kという女の子が私に話がある、といって校庭で二人きりになった時に切り出された話だ。
友人K[私が霊感があるのは知っているよね。
私の守護霊、和尚なんだけれど。
あんたの守護霊に頼まれて、伝言があるんだよ。
<自分を大切にしろって。あんたは何も悪くないから。
守ってやれなくてごめん>ってさ。
それと、あんたはすごい霊感があるよ。
気をつけて生きな。」
私自身、頻繁に金縛りに遭っていて、本当は自分に霊感があるのは知っていた。
でも、どうすればいいのかなんて分からなかったし、それどころではない現実があった。
守護霊っているんだ。
クソの役にもたっちゃいねぇ。
どうにかあの親父を殺してくれ。
無理だよな…。
でも、自分を見守る存在がいるっていうのはいい話だ。
のっかろう。
今は親と関係が良くないけれど。
年も随分違う。感性もちがって当然だし。
高校に入ったら、たくさん友達を作ろう。
そんで、大切にするんだ。
私はお金も体力も、賢さも、美貌も、才能も無い。
友達を財産にするんだ。
それで、大人になったら素敵な人と結婚するんだ。
女の人はお化粧すれば、綺麗になれるはずだ。
きっと、きっと、私の事を心から愛してくれる男性がいるはずだ。
まだ、会えていないだけ。
きっと、心の綺麗な男の人がいて、私の事を大切にしてくれるはず。
そしたら、私もその人を大切にして、すごく尽くしたいんだ。
泣きながら眠りにつく。
そんな中学生時代を過ごしていた。