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少女時代24

私「鍵かけた?」

友人Y「よし、おっけ〜。」

友人M「ん、行くぞ。」

友人K「あぁ。」

5時限目が終わり、施錠当番だった私達は全員が教室から出たのを見届けて、教室の扉に鍵をかけた。
私達は水泳の授業のために、着替えを手にして、校庭の端にある更衣室へ向って歩き始めた。

私達は緑色のスリッパでペタペタと靴音を鳴らしながら校舎を出て蝉時雨の響く渡り廊下を歩いていく。

友人Y「はぁ〜。」

友人K「………。」

友人M「なんかな…。」

私「ん?どったの?皆、しずんだ顔しちゃって…。」

友人Y「傷食ぎみ…。」

友人K「ブルーだよ…。」

友人M「あぁ、なんか胸が悪い感じだな…。」

私「んぁ?さっきの世界史?」

友人Y「や、クラスの子達。みんな一言も話さず、教室出てったよ。
   あれは、思春期の女の子的にかなりショックでしょ〜。」

友人K「あぁ。歴史の裏側ってさ…。たいてい残酷なんだよね…。
    知ってるつもりでも、なんかさ、同い年とかだと聞くと生々しくてダメだね…。」

友人M「いくら歴史の真実を語りたいからと言って、あぁも歴史の暗部をつまびらかさなくても、いいんじゃないか?」

私「M、お前、難しい言葉知ってんなぁ〜。」

友人M「あぁ。でも今はお前をイジル気分じゃないな。
    さすがのワタクシも気分を害したよ。
    アイツ、何腹たててんの?
    授業にかこつけて、生徒にあたるなよなぁ〜。」

私「あぁ、今日の授業は凄かったな。激しいって言うか…。」

友人K「アタシ、ホント聞いてて気分悪くなったよ。
    特にジャンヌの死体の話ね。
    キリスト教ってエグイよ。生理的にダメ。」

友人Y「あれは、ヒドイね。聞きたくなかったね。
    せめて、彼女は火炙りで死んだってトコでヤメテほしかったね。」

友人M「火炙りもヒドイだろ。異端審問で、魔女の烙印を押されて処刑されている。
    ヨーロッパでは、ありがちな話なんだろうけれど…。

    かつての英雄は、落ち目には戦争犯罪人。
    勝てば官軍、負ければ賊軍って奴だ。

    戦争なんて、頭のおかしい奴がしでかしているとしか思えないね。
    巻き込まれるのは、大抵弱者。
    女や子供。そして庶民。

    戦いたいなら、貴族同士で決闘でもなんでもすりゃいいんだよ。
    他人を巻き込むなっての!美しくないんだよ。」

私「M、お前、立派な事言うなぁ〜。  
  同感だよ。」

友人M「それに、なんだ?ありゃ?両性具有だかなんだか知らないけど!
    死体を人前に晒して、その上あの扱い!
    死者を冒涜するにも、程があるってんだよ!」

友人Y「異議な〜し。」

友人K「あぁ。でも魔女裁判なんて、そんなモンだよ。
    どこか人と一風違うってだけで、バンバン殺されている。
    迷信が生きている時代だ。
    密告で人を殺せる、恐ろしい時代だね。
    今が平和な日本でよかったよ。」

私「魔女ね〜。そういや、ジャンヌ・ダルクが癲癇だとかなんとか言ってたけど。
  テンカンってなんだ?脳の病気の事か?」

友人Y「ほら、あれじゃない?手が震えて、体が硬直するやつ。」

友人K「あぁ、自分では体を動かせないとか、口から泡を吹くのを見たことあるけど。  
    改めて、何だと聞かれると、よく分からないな…。」

友人M「一種の障害だろ?そんな個人の体質なんかで魔女とか言われたら、大迷惑だ。
    障害者は死ねってことか?おっかない時代だよ。」

私「ふーん、なんかさっきの話だと、テンカンの人が神懸りになるとか、『神の回路』があるだとか。
  妙な事、言ってたな〜。
  それにしても、それじゃ、テンカンの人がキチガイみたいに言ってるじゃないか?」

友人M「そうは、言ってないけど…。
    ま、それに近い事は言っていたかな…。
    障害を持っているから、精神がおかしいというのはまったくの別問題だよ。
    むしろ一番の障害は、無知と無理解だと思うね。」

私「あぁ。無能が無知に無用を教えるってか?」

友人K「答え:学校。」

友人Y「あ、宇宙家族カールビンソンだね。(←漫画:あさりよしとお著)」


渡り廊下を渡り終え、体育館の正面に位置する、プール様の更衣室に入る。
元々更衣室は狭く、時間差を設けないと全員同時に着替える事はできない。
既に皆、着替えが終わりつつあり、私達は薄暗い更衣室で着替えながら話し続ける。


私「正解。さっきの授業、なんだかぼんやりしていて、みんなが怒るのよくわかんないんだけどさ。
  先生はジャンヌ・ダルクの事を、思い込みの激しいただの女の子だって言ってたじゃん?
  
  生まれる時間や国が選べないんだからさ、きっとその子はそれが正義だと思ってやった事なんだよ。
  彼女がもし、平和な時代に生まれていたらさ、遊んだり、恋愛したり、勉強したり。
  楽しい生活を送れていたと思うよ〜。」

友人K「あぁ。そうだろうね。」

友人Y「うん。そう考えると、可哀相だね。
    百年戦争の最中じゃなかったら、普通の生活ができたんだろうね。」

友人M「それで?」

私「うちらと同世代で、戦争していたんでしょ?
  カリスマ性があったかどうか、分かんないけど。
  結局自分の信じる道を生きて、死んでいる。

  その女の子の生き様がさ、結局何百年か後の外国の歴史の教科書に載っている。
  やっぱ、凄いんじゃない?

  『神よ、全てを委ねます』なんて、フツー言えないよ。」

友人M「まぁなぁ。でも、不憫だよ。」

私「だからさ、今、私達、戦争のない国で、平和でさ。
  戦争に駆り出されたりしないじゃん?
  ま、50年前に生まれていたら、違ったけど。
  
  ジャンヌが体験したくてもできなかった事を、私達が今普通にしてる。
  きっと、これが彼女が望んだ奇跡だと思うよ。」

友人K「奇跡…。そうか、奇跡だろうね…。
    当時は女の子が勉強なんて、できなかったろうからね。
    就職だって、なかったろう。
    年頃になったら、結婚して、子供を産む事だけが女の存在意義だったろうからね。」

友人Y「シビア〜。よかったねぇ、私達、現代に生まれて。」

私「あぁ。もったいないよ。
  女だから勉強させない、とか就職なし、とか。
  人類の半分は女なんだよ?
  貴重な才能を潰しているとしか思えないね。」

友人M「なになに?急に女性差別を語り始めて。」

私「ジェンダーを言うつもりじゃなくて。
  単純に、女だからって制限があるのが全体としても損してるって話。

  もし、その女の人に軍師の才能があったら?
  厳しい局面を見抜ける才能があったら?

  ただ、女性だってだけで、最初から省かれちゃったら、国家レベルで損失でしょ?」

友人M「日本に戦士という職業は無いけどな…。
    お前って時々、女子高生らしくない発想をするよな…。
    俯瞰的というか。頭いいんじゃないかって思うよ。」

私「や。私は頭よくないよ。
  Mの方が、よっぽど凄いよ。
  口が達者だし、とても高校生とは思えないよ。

  でも、ま。
  今は平和な女子高生でさ。

  ジャンヌ・ダルクとは今、年が同じ位ってしか共通点が無いけど。
  彼女が多分、行きたかっただろう、学校。
 
  って言っても田舎の商業高校だけどね。
  ここで真面目に勉強するのが、ジャンヌ・ダルクの望みなんじゃないって話。」

友人K「ふーん、そうきたか。しんじゅ☆♪お前、前向きだな。」

友人Y「私は、やっぱりジャンヌが可哀相だよ…。」

私「うん。可哀相だよね。
  でも、うちらとジャンヌでは全然違うからさ、気にしない、気にしない!
  水泳でさっぱり水に流して、授業が終われば、忘れちゃうよ!」

友人M「だな。」

水泳用の白色のキャップを指を差し入れて、髪の毛がキチンと納まるようにする。
指を抜くとパチンと小さな音を立てて、水泳キャップがおでこにピッタリくっついた。

私達は薄暗い更衣室の扉を開けて、プール前の消毒槽の前に踊り出る。
まだ蝉がやかましく鳴いている、平成2年9月初旬のことだった。



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