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少女時代15

私「うわー!ケーキだ!早く食べたい、お母さん!」

母「うふふ。もうちょっと待ってね。お姉ちゃんが学校から帰ってからね!」

私は母の用意したケーキを覗き込んで興奮していた。

私「ケーキ!ケーキ!おたんじょうびのケーキだ!」

母は生クリームの上に、赤と緑の砂糖漬けのゼリーが飾り付けられたホールケーキをまたもとの箱の中に戻し、涼しい場所へと移動させた。

母「うふふ。ケーキは嬉しいよね。
  お母さんも子供の頃、初めてケーキを食べた時。
  こんなに甘くておいしいものがあるのかと驚いたわよ。
  でも、口が肥えてダメね。
  あの時、あんなにおいしく感じたバターケーキが今じゃクドク感じて。
  今日は奮発して、生クリームのケーキにしたわよ。
  これは日持ちがしない分、割高なのよね〜。
  あの頃は戦争が終わって、いろいろ物が足りない時代だったから。
  しんじゅ☆♪ちゃん達は、恵まれているわね。
  うふふ。お姫様扱いよ。」

私「えー?早く食べたーい!」

母「ダメダメ。お姉ちゃんがお家に帰ってきてからね。
  そうだ!さっきのしんじゅ☆♪ちゃんのお話の続きをきかせてちょうだい!
  ね、天使さんは女の人なの?男の人なの?それとも両方?」

母がお店のレジの側へと私をいざない、二人してパイプイスに腰掛けて、誰もお客のいない店内で話し始める。

私は当時、保育園にも、幼稚園にも通っていなかったので、彼女一人に育てられていたのだった。

私「両方?ううん、男のひとだよ。
  お父さんより、大きい男の人たち。」

母「男の人達?大勢いるの?」

私「ううん、二人。あとお友達のドラゴンもいつもしんじゅ☆♪ちゃんの後を姫って呼んでついてくるの。」

母「ドラゴンがしんじゅ☆♪の後ろをドスンドスンといって、ついてくるの?」

私「ううん。ドスンドスンの時もあるけど。その時はこれくらーい!
  (と言って両手を広げて3〜4mを行ったり来たりする。)
  いつもは男の子なの。お姉ちゃんよりちょっと大きい。」

母「変身するのね。しんじゅ☆♪ちゃんの後をついてくるなんて、まるでお姫様と家来みたいね。」

私「けらい?」

母「うふふ。親分と子分って所かしら。
  どうして、彼はしんじゅ☆♪ちゃんの後をついてくるの?」

私「えと。がいどだからだって。」

母「がいど?あぁガードマンなのね。
  それじゃ、ますます、お姫様と護衛の親衛隊だわ。
  それで、男の天使さんはハンサムさんなの?」

私「ハム?」

母「美男子。お顔の綺麗な男の人って意味よ。お父さんみたいなね。
  お父さんも、鄙には稀なる美男子だからよ。」

私「びだんし?うん、はむさむだよ。
  二人とも、お顔きれい。」

母「どんな様子なの。名前は?」

私「みかえるとらぁえる。
  みかえるはえと、黄色い髪でお目目は緑。長さはこれくらい。
  らぁえるはえと、あの地面の色で、お目目は青なの。
  らぁえるはこのくらい。」

そう言って、私は顔の横から自分の胸元までを手の平をヒラヒラさせながら上下させ。
それから、アスファルトの地面を指差し、今度は手を腰の辺りまで降ろして、お尻をパンパンと叩く。

母「黄色い髪?あぁ、金髪なのね。
  ミカエルかぁ。それでもう一人はねずみ色の髪の毛…。
  銀髪なのか。それで青い瞳って事は二人とも外国人なのね。
  よく出来ているわ。
  それで、しんじゅ☆♪ちゃんとどんなお話をするの?」

私「いつもしんじゅ☆♪ちゃんの事、緑の姫君って言って、遊んでくれるの。
  しんじゅ☆♪ちゃんも髪の毛黄色いの。背中にパタパタがついているのよ。」

母「はは。しんじゅ☆♪ちゃんも天使さんなんだ。」

私「あのね、お母さん。しんじゅ☆♪ちゃん、困ってるの。」

母「何を困っているの?」

私「みかえるがね。大きくなったら、お嫁さんになるんだよってぎゅうって抱っこするの。
  でも、ほんとはしんじゅ☆♪ちゃん、らぁえるのお嫁さんになりたいの。」

母「まぁ、しんじゅ☆♪ちゃん、モテモテね。
  らぁえるさんはなんて言ってるの?」

私「らぁえるは何も言わないよ。
  いいこいいこって頭撫でてくれる。
  しんじゅ☆♪ちゃんは、らぁえるのお膝に乗るのが大好きなの。」

母「いつも彼のお膝に乗っているの?」

私「うん、しんじゅ☆♪ちゃん、らぁえるのお膝に乗るのが一番好き。
  いつも乗っちゃう。お父さんといるみたいで大好き。
  次に好きなのがドラゴンの背中に乗って、お空を飛ぶ事なの。」

母「まぁ、まぁ、それじゃ、らぁえるさんのお膝はしんじゅ☆♪ちゃんの特等席なのね!
  お父さんみたいで好きって、女の子はお父さんに似た人を好きになるって本当なのね。」

私「とくとうせき?」

母「自分専用の特別な場所って意味よ。」

私「うん、らぁえるのお膝はしんじゅ☆♪ちゃんのとくとうせきなの!
  らぁえるは、お父さんより、お父さんなんだよ。
  らぁえるすごくきれいなんだから。お父さんよりかっこいいよ。」

母「それで、ミカエルさんにはプロポーズをお断りしたの?」

私「ぷろ…なに?」

母「プロポーズ。結婚の申し込みの事よ。」

私「ううん。みかえるもかっこいいから。
  しかたないから、いいよってお返事したの。」

母「まぁまぁ、しんじゅ☆♪ちゃんは面食いなのね。
  末おそろしいわ。それでどんなプロポーズを受けたの。」

私「みかえるは大人になっても覚えていたら、結婚して欲しいって言うの。
  うん、って言ったら。大きな白いお花をたくさんくれたよ。」

母「白い花束?ウェディングブーケかしらね。
  どんなお花か分かる?」

私は店先に飾ってある花瓶を指差して。

私「あの白いお花だけの。もっと大きくてたくさんで、持つの大変だったんだから。」

母「まぁ、白百合の花束なの。カサブランカかしらね。素敵!
  それで、しんじゅ☆♪ちゃんは、なぜ、彼にプロポーズされたの?」

私「『約束の乙女』だからってみかえるは言ってた。」

母「他には?」

私「しんじゅ☆♪ちゃんのことを『ら・ぷせる』『ら・ぴせる』…うまく言えない。
  みかえるはそう呼ぶの。
  何?って聞くと、約束の乙女だよって言うの。」

母「ラ・プセル…。金髪の天使ミカエルが白いユリの花束をプレゼントしてくれるのね。
  他には何か貰わなかった?」

私「大きな布を貰った。
  赤と青と白いよこの段々の布を。
  しんじゅ☆♪ちゃんが守った国のだよって。
  大きなお花と一緒に、くるんでくれたよ。」

母「トリコロールね!」

私「ロール?食べれる?」

母「うふふ、フランスの国旗の事よ。
  フランス国旗。白百合。大天使ミカエル、約束の乙女…。
  分かった!『ラ・ピュセル』ね!
  フランスを守った少女、『ジャンヌ・ダルク』の事だわ!!
  しんじゅ☆♪ちゃんは、救国の乙女、『ジャンヌ・ダルク』って事になっているのね!」

私「じゃんぬ・だるくぅ?」

母「男装の麗人、救国の乙女、フランスの聖女、ジャンヌ・ダルクの事よ!
  すごいわ、しんじゅ☆♪ちゃんのお話。
  お母さん、高校生の時に、彼女のお話を聞いて、同じ年頃の女性が鎧兜を身にまとって、お国のために戦ったなんて、すごいって感動した覚えがある。
  凄く気に入って、何度もその本を読み返したものだわ!!
  しんじゅ☆♪ちゃんってば、何てお利口なのかしら。
  きっと、テレビで見た、ジャンヌ・ダルクの特集を覚えていて、そんな夢を見ちゃったのね。」

私「テレビじゃないよう。ほんとだよう!」

母「うふふ。そういう事にしておきましょうか!
  それで、しんじゅ☆♪ちゃんは大天使ミカエルのお嫁さんになるの?」

私「らぁえるもいいなぁって。お友達のドラゴンも。
  3人一緒はダメ?」

母「まぁ、贅沢な悩みね。
  うふふ。いい男の誰を選ぶかは、乙女の特権ね。
  しかも絶世の美男子でしょうし。
  お母さんと一緒で、しんじゅ☆♪ちゃんも面食いなのね。 
  大人になるまでにたっぷり時間はあるのだから。
  それまでに決めればいいと思うわ。
  でも、どんなに早くても12年は後ね。
  その時16歳かぁ。
  しんじゅ☆♪ちゃんがお嫁に行くのは20年後ぐらいがいいなぁ。
  こんなに可愛いのにお母さんの側を離れちゃうのは寂しいですもの。
  あ、でも30年経ってもお嫁に行ってなかったら、それはそれで心配か…。
  ゆっくり大人になってね、私のお姫様。」

私「誰にしようかな…。決めれるのかな?
  皆大好きなのに、皆一人にきめれるのかなぁ。」

母「うふふ。しんじゅ☆♪ちゃんは、乙女っていうより、まだおかめちゃんね。
  もう少しでおねえちゃんが帰ってくるわ。
  そうしたら、他の家族より一足先にケーキを切ってお出しするわね。
  我が家の姫君たち。
  あぁ、お姉ちゃんは飛び切りの美少女だし。
  しんじゅ☆♪ちゃんは、大人になったら、きっと美人さんになるわ。
  将来が楽しみな女の子達ね。」

私「お姉ちゃんがビショウジョで、しんじゅ☆♪ちゃんはおかめちゃんなの?」

母「うふふ。そうね。
  お姉ちゃんの可愛らしさは特別だもの。
  そうね、オリンピックでいったら、一等賞で金メダルね。
  しんじゅ☆♪ちゃんは、お姉ちゃんにあまり似ていないけれど。
  お母さんにはとっても可愛く思えるわ。」

私「しんじゅ☆♪ちゃんのめだるは?」

母「銀、うーん、銅メダルかな?
  いや、パールね!
  ♪金銀パール、プレゼント♪ってあるでしょ!」

私「ぱーるぅ?」

母「パールっていうのは真珠のことよ。
  金属の銅より、宝石の真珠の方が素敵でしょ?
  …アラ?お母さん、素敵な事に気づいちゃった!
  しんじゅ☆♪ちゃんのお名前、シンジュだわ!」

私「しんじゅ?」

母「そう、シンジュになるわ!
  神様、仏様に仕える人の名前だとね!
  しんじゅ☆♪ちゃんは実は宝石の名前なのね。
  素敵!私の宝物よ。」



…そんなやりとりをしたのは、昭和52年11月10日の午後の事。
日差しは温かかったが、木枯らしが吹き始めた、少し寒い日の事で。

私はランドセルを背負った、姉と兄が、小学校から帰ってくるのを、母と一緒に今か今かと待ちわびていたのでした。



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