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少女時代32

兄「…で、これからは、コンピューターの時代だと思うんだ。」

私「へぇ。」

兄「知ってるか?しんじゅ☆♪。コンピューターはな。
 絶対間違わない。
 最初に入力したデータをプログラムに忠実に演算して、結果を導き出すんだ。
 間違うのは、人間の方さ。
 入力したデータが誤っているか、プログラムにバグがあるか。
 そのどちらか、またはその両方が失敗の原因って訳だ。
 つまり、人間の方が、間違っているという事なんだよ。」

私「でも、そのコンピューターを作るのも、人間でしょ?
  それじゃ、どこで間違っているかって、分かるの?
  コンピューターが絶対だって証拠にはならないんじゃないの?」

兄「バカだなぁ。さっき言ったろ?コンピューターは間違わないって。
  初期データが誤っていれば、もちろん正解には辿り着かない。
  入力する際に、人間が誤っていても、もちろん不正解。
  プログラムの作成時点で欠陥があれば、これももちろん不正解だ。」

私「それじゃ、不正解ばっかりじゃない。」

兄「そうだな。不正解ばかりが正しいかもしれない。
  まるで、言葉遊びのようだが、正解を作る方が難しいのさ。」

私「んん?言っている意味がよく分かんない。」

兄「人間の頭脳というのは、不確かなものなのさ。
  しかし、コンピューター、言い換えれば機械は与えられた命令通りに必ず動く。
  だから、入力さえ間違えなければ必ず正解に辿り着くという訳。」

私「ますます分からなくなってきた。
  えっと、つまり、機械は単純なことだけしかできないから、使い道を誤らなければ、うまく動くって事?」

兄「あぁ。概ねその通りだ。
  小学生に理解できるのは、この程度かな?」

私「むぅ〜、馬鹿にして〜。
  それに、単純な事しか機械化できないなら、そんなにコンピューターをありがたがることないんじゃない?」

兄「しんじゅ☆♪の言う事にも一理あるな。

  しかし、俺が言っているのは、工業用の機械じゃない。
  人間の頭脳に替わる、コンピューターの事を言っているのさ。」

私「それにしたって、それも人間が作ったものでしょ?」

兄「そうなんだが、事はそんな単純じゃない。
  演算機能が極めて優れているという点が特出しているんだ。」

私「えんざん?」

兄「さっき、言ったろ?コンピューターは命令通りにしか動かないって。
  基本的には、電気信号。
  直流か交流か、その二つだけで、指示を出しているのさ。」

私「直流と交流のたった二つ?何、ソレ?」

兄「直流信号と交流信号。しんじゅ☆♪、夏休みの宿題で俺が手伝った理科の実験あっただろ?」

私「あぁ、電池を直列に並べるか、並列に並べるかで、同じ電流でも明るさが違うって奴…。」

兄「そう。よく覚えているな。
  コンピューターと言っても、人間と違って、複雑な脳を持っている訳じゃない。
  たった、二つの電気信号の違いで、人間の命令を判断させているのさ。」

私「たった二つで、どうやって判断するの。」

兄「2進数さ。」

私「何?」

兄「0と1の数字のべき乗だけで、全ての数字を表現している。
  この数字をまたアルファベットに変換して。
  人間の言語をコンピューターに理解させているのさ。」

私「0と1でどうやって。」

兄「べき乗だよ。例えば、2×2は?」

私「4だよ。」

兄「それじゃ、2×2×2×…と2を10回かけたらどうなる?」

私「えっと、8の、16の、32の、64の…。」

兄「遅い。2の10乗は1024。約1000だ。」

私「千…。」

兄「それじゃ、2×2×…の2を20回かけたらどうなる?」

私「千の10倍から、1万ぐらい?」

兄「答えは100万以上だ。
  だから、掛け算じゃないんだって。べき乗。乗数なんだ。」

私「んん?分かんないよ。」

兄「あぁ。まだ乗数は無理か。

  つまりこれで言いたいのはな、さっきしんじゅ☆♪は2を10回掛ける所から、20回掛けると聞いて、回数が10回増えたと思って、10倍にしただろう?
  そうじゃなくて、もっと飛躍的に数字が増えるって事がいいたいんだ。」

私「ん〜10倍じゃないのか。」

兄「あぁ。元は2という小さな数字が、べき乗算するだけで、ここまで大きな数字になる。
  ここで最初の電気信号に戻るが。
  コンピューターに理解できるのは、0と1、これのみ。
  ここにべき乗をすることによって、無限に数字が生まれる。
  直流信号と、交流信号、このそれぞれが0と1に対応して。
  人間の命令をコンピューターに読み込ませることができるって仕組みなのさ。」

私「んん〜、難しいや。」

兄「いや、お前はセンスいいよ。
  この間も、ちょっと教えたら、因数分解が解けた。
  10才で解けるとは、なかなかだ。」

私「えへへ。四則演算っていうんでしょ?
  足し算、引き算、掛け算、割り算の事。この間覚えた。」

兄「まぁ、中学の数学も、小学校の算数の延長だからな。
  基本的には四則演算ができれば、因数分解も解けるハズなんだが、同級生でもてこずっている奴はいるしな…。

  俺もお前ぐらいの年には、因数分解は理解していたしな。
  K(弟)ほどではないが。アイツは英語もできるし。

  もう少し仕込めばプログラミングもできそうだ。
  まぁアイツは俺と同じ神童クラスだしな。」

私「あぁ、兄さんも、Kも賢いよね…。」

兄「姉さんもな。
  俺は学校の勉強で理解できない所が無いから。
  勉強が理解できない奴の気持ちが理解できないんだ。
  姉さんもそうだと言っていた。

  お前、学校の成績悪いもんな…。
  俺には理解できないな。

  そんな、自分で納得できない状態でどんどん勉強が進んでいくのが。
  そんな不確定要素のただなかにいて、平気な心境が。

  お母さん、嘆いていたぞ。1と2ばっかだって。」

私「そんな…。でも、図工と音楽は5だよ。」

兄「あぁ、損だな。
  社会に出ても役に立ちそうもない所が得意分野なんだな…。
  まぁ、お前は芸術家タイプかもしれない。」

私「社会に出ても、役にたちそうもない…。」

兄「ふーん、学校の成績はイマイチだが、頭がいい…。
  俺が思うに、お前は数学のセンスがあるから、多分、理論に強いタイプだと思うぞ。」

私「えぇ!?頭がいい??」

兄「芸術的な分野は、もう得意不得意だから、俺にはよく分からんが。

  …お前って、俺の妹で、一番身近な人間なんだけど。 
  なんとなく、つかみどころがない奴だな。
  予測不可能だ。」

私「予測不可能?」

兄「あぁ、俺だって、まだ13年しか生きていないけど。
  周りの人間を見渡すと、だいたいこういう人だなって、予測がつくものなんだ。
  こいつは、こういう失敗をやらかす、とか。
  こいつは、この分野に才能がある、と思うと、そういう方面に強く興味を持っていたりとか。

  大人にしたって、言動を窺えば、どんな職業か、とか。
  どんな立場の人間なのかって、けっこう予測がつくものなんだが。

  お前は、不確定要素が多い。」

私「不確定要素?」

兄「俺には、ただの引っ込み思案な女の子にしか見えないんだけど。
  それだけじゃない。

  うーん、なんか未知の可能性を感じるんだ。
  なんていうのかな、そう、エジソンの様な。
  ショパンの様な。
  社会を揺るがすような、なにかしでかしそうな器だと感じるんだ。」

私「お兄ちゃんが、褒めてくれた…。」

兄「まぁ、見たまま、おとなしい大人の女性になって。
  かわいいお嫁さんに収まって、おしまいかもしれないけど。

  お前、勉強、頑張れよ。
  女の人も、賢くあった方がいい。

  賢い人は尊敬を集める。
  尊敬を集める人は人に希望を与えられる。

  俺は、そういう人になりたい。
  そして、社会的に成功して、お母さんに楽をさせたいよ。」

私「お兄ちゃん、優しいね。」

兄「…俺は、父ちゃんと母ちゃんを見ていると…。
  早く、自立してお金を稼いで、母ちゃんを助けたいんだ。
  
  お前も、初期設定は俺たちと同じだから。
  頑張れば、勉強も得意になると思うんだ。

  もしかしたら、親父の血が濃いのかもしれないけど。

  勉強、頑張って、高校も大学も奨学生になれるぐらいに頑張んないとダメなんだぞ?
  俺たち、八百屋の子供なんだからさ。」

私「えぇ?高校で小学生?戻るの?」

兄「バッカ!奨学金で学費がロハって事だよ。
  まったくしんじゅ☆♪は子供だな。のん気でいいよ、お前は。^^」






 









バリッ。

カシャーン、カシャーン…。

目を開けると、冷蔵庫のモーター音が低く鳴り響く、真っ暗な倉庫の中にいました。
あたりには、腐敗しかけの生ごみの匂いが充満しており、私は冷たいコンクリートの上にうつぶせて寝転がっていました。

微かに表の道路を高速で車が走り去る際に巻き起こった風で、シャッターが揺れて、微かな音を立てています。

わずかな隙間から、表の光が漏れて、暗闇に差し込んでいます。


(…夢か…。あれは、何日前の、出来事だろう…。)


体をくねらせると、後ろ手にビニールテープで縛られています。

涙を流したまま、眠ってしまって、瞳を開いた時に、まつげに白い粉がついています。

目をしばたかせると、私は深呼吸をして。

私「出してー!!ここから、出してー!!」

一度だけ大声で叫びます。

そして、諦めます。

もう、喉はカラカラで、こうして閉じ込められて、数時間は経過していました。

私は自分の手首とトラックの荷台にくくりつけられていたビニールテープを歯で喰いちぎる事は出来たのですが。

その後、自分の両手首をくくるテープを切ることができず、コンクリートに寝転がっていたのでした。

(…寒い…。そうだ。ダンボールを…。)

私は足首はくくりつけられていなかったので、立ち上がり。
足と口を使って、積み上げられていたダンボールの山の中に倒れ込みながら、コンクリートの上にダンボールを引きずりおろし。

その上に体を横たえたのでした。

(…お兄ちゃんが言っていた。
 体の周りに空気の壁ができれば、保温効果があると。
 新聞紙を体に巻きつけるだけでも、生存確率が上がるって。)


涙がこぼれてきました。

私以外の家族は日曜日に外出しているのです。
私は父に殴りつけられ、一人倉庫に置き去り。

家族で唯一私を救出してくれる母も外出中となれば、私が助け出されるのは夜になると思われ。

一人、空腹と孤独で悶えそうになりながら、母が帰宅するのをすがる思いで待っていました。

涙が後から後から、頬を伝います。


(…お兄ちゃんは、学校の勉強で、理解できない所は無いって言っていた。
 私の事を、不確定要素の中にいて、よく平気だなって言っていた。

 お兄ちゃんには、全てが理解できているのかしら?
 世の中の仕組みとか、大人の人が考えていることが全部分かっているのかしら?

 お兄ちゃんから見たら、正確に世の中の事が分かるのかしら?

 コンピューターは間違わない。
 間違うのは、人間だって言っていた。


 お兄ちゃんの言葉は…。
 お兄ちゃんの見ている世界は…。


 潔癖だ。
 アタシとは違う。


 お兄ちゃんは、私とは兄弟だけど。
 きれいな世界に住んでいる。


 『…俺は、父ちゃんと母ちゃんを見ていると…。』


 お兄ちゃんは不安そうに、言っていた。

 なぜ、私はお父さんにこんな目にあわされるの?
 なぜ、私は他の兄弟のように、かわいがられないの?

 私が馬鹿だから?
 私がお兄ちゃんみたいに、賢くないから?

 コンピューターは正確だって、お兄ちゃんは言っていた。
 初期設定さえ間違わなければ…。


 お兄ちゃん、私の住んでいる世界は。
 薄い、薄い、プラスチックの板の上。

 いつ、足元が割れて、突き刺さるか分からない。

 お父さんのご機嫌を損ねても、お兄ちゃんは私の様に扱われない。


 お兄ちゃん、私は弱くて…。
 とても、正確にデータを入れる事、できないよ。

 お母さん助けて。
 優しいお母さんがいないと、私、死んじゃう…。

 涙が止まらない。

 アタシは、今、間違ったデータを入れている。

 それを認めるだけの力が無いよ…。

 私は、今、間違ったデータを入れている…。

 今は、それだけ認めるのが精いっぱい…。

 『心優しい、お母さん。』

 私を助け出して…。



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