教師「はいはーい、子羊ちゃん達、席に着いてー。
今日はこれから、子羊ちゃん達の品評会を行いまーす!」
30代後半の女性教師が手をパンパンと叩きながら、教室に入るなり、そう言い出した。
ざわつく教室内の児童達は慌てて各自の場所へ着席する。
教師「今日は、君たち子羊の毛色の品評会を行いたいと思います。
皆、順番に両親の職業と年収を述べなさい。」
子供達はざわつく。え、何?親の仕事を言うの?年収って何なの?
そこは小学4年生の教室で、女性教師は担任だった。
その教師は自らを「聖職者」と名乗り、児童達を「子羊」と呼ぶ。
私はこの奇妙な感性を持つ女性教師の事がとても苦手だった。
それというのも、この教師が担任になった直後の事。
彼女が自宅へ現れ、父親にPTA役員になってもらいたい、と言いに来たのが発端だった。
私の父親の実家は地元では名士でもある。
特に父のすぐ上の兄は会社社長でありながらも地元の様々な役員も務めており、有名人でもあった。
それを見込んで、父にPTA役員を依頼しに来たのだという。
だが、父親は
「夫婦共働きで自宅で自営業を営んでいる。
忙しくてとても役員はできない。」
と断った。もっともではある。
それに対して、
「あなたのお兄様は忙しくても務めているでしょう。
仕事の内容もあなたよりよほど立派だ。
私はあなたにやってもらうと決めてきたのだから、引き受けてもらわないとこちらが困る。」
と食い下がった。
それに激怒した父は
「あんたも話のわからない女だな。
頭の悪い女が社会に出ると、ロクな事がない。
おとなしく、家庭にでも引っ込んでいろ!!」
と、追い返したという。
このエピソードは父が商売客に自慢していたのを繰り返し聞いていたので私も知っていた。
これにより、私の四年生の学校生活は初っ端から風当たりが激しかった。
教師は
「しんじゅ☆♪にダメージをあたえた者には内申点をアップします!」
と豪語していた。
私は内向的な性格だった為、あっという間にいじめのターゲットにされていた。
仕返しもしない。いじめはエスカレートの一途を辿っていた。
教師は手をパンパンと叩くと、席順に児童を指名していった。
子供達に親の年収は分からない。
結局職業を伝えるのが精一杯だった。
それでも、教師は医者や、会社役員、銀行家などの親を持つ児童を教壇に招き、順位付けの仕度を着々と進めていっていた。
私の番である。私が口を開くより先に教師が言った。
教師「お前はいい。八百屋の娘だから、ほぼ最下位だ。
とりあえず、教室の隅に行っておけ。」
私はすごすごと場所を移動する。
しかし、次の児童に対する言葉に私は衝撃を受ける。
教師「次は増田(仮名)。あぁ、お前はもういい。
ててなしごだからな。卑しい私生児だ。
だらしがない女が産んだお前は存在自体が卑しい。
しんじゅ☆♪の後ろに行っておけ。
よかったな、しんじゅ☆♪。
八百屋の娘のお前でも、二親が揃っているだけましだ。」
増田「…。」
振り返ると、その児童は目に涙を溜めて、俯きながら肩を震わせている。
私は教師の言葉の前半の意味は分からなかったが、
「二親が揃っているだけましだ」
のセリフに大体の意味を理解した。
私「…。」
思わず、教師を睨みつける。いくらなんでもひどすぎる。
教師「何だ。しんじゅ☆♪文句があるのか?言ってみろ。」
私「…せ、先生は、お、大人じゃない!」
教師「くくっ、じゃあお前はなんだ。
小人だろ。私が中人だとでもいいたいのか?
八百屋の娘は野菜ばかり食っているから、頭に栄養が回らないらしい。
お前の事をこれから、馬と呼ぼう。
鹿もいいな。二つ合わせるとお前にぴったりだ。
さぁ、皆、ここは笑う所だぞ。笑え。」
ドッと嘲笑が教室内に響き渡る。
笑っていないのは私と増田という児童だけだった。
教師「さぁ、笑って悪かったな。
一応お前のご高説を伺おうか。
意見を述べよ。」
私「…お、お父さんと、お、お母さんは野菜を、売って。
お、お金を儲けて。
キチンと働いている、お、大人です。
ひ、人に、わ、笑われる事、な、無いはずです。
わ、私の、こ、事を、ば、バカにしても、
お、親の事は、バカに、しないでください。
そ、それに、ま、増田さんは、何も、悪くないです。
そ、そんな事言う、せ、先生が悪いです。」
涙ぐみながら、必死でそう答えるも、教師は高笑いをしただけだった。
教師「あぁ、馬が鳴いているぞ。
残念だなぁ、日本語が話せなくて。
私がかわいいのは毛色のいい子羊だけだ。
おまえら卑しい動物には興味がないんだよ。
なぁ、皆。」
教師が手を振り上げ、また嘲笑が湧き上がる。
笑っていない、もう一人の児童は既に泣き出していた。
それを見た瞬間、私の意識がスッと変わった。
私「笑うなぁぁぁ!
職業に貴賎は無いと、先週の社会の授業で教えたのは先生だ!!
先生は職業に貴賎をつけている。
児童に嘘を教えたのか?
それとも虎の巻のとおり言っただけだと児童に告げるか?
迷える子羊に救いの手を差し伸べる聖職者様のお仕事が毛色の品評会だとは、随分と上品じゃないか?
この事を家に帰った子供達が親に話したらどうなると思う?」
教室内が水を打ったように静まり返る。
教師「な、何を、お前、今までバカのフリをしていたのか?
くそっ!教師を脅す気か?」
私「教師の振る舞いとしては下品過ぎると言っているんだ。
親を侮辱されて傷付かない子供がいると思うのか!
子供達に謝れ。
…今度こそ上品に頼むよ、センセイ、聖職者なんだろ?」
教室内がざわめく。
そうだよ、やっぱり先生の方がおかしくね?とかヒソヒソ声が起こる。
教師「…っく、自習だ!教室から一歩も出るな!
しんじゅ☆♪覚えていろよ!!」
教室の扉を叩きつけるように閉じて教師は出て行った。
その後、私は放心した。よく覚えていない。
自分は吃音の筈なのに、なぜあんなにペラペラしゃべれたんだろう。
それは自分でも不思議だった。
それから数時間後。
教師「これから、緊急動議を発動しまーす。
議題は、しんじゅ☆♪を無視する事。
いっさい、関わってはいけません。
もし、発見された場合には各教科10点減点の罰と、しんじゅ☆♪同様の待遇を保障します。
今日の出来事は親に一切話してはなりません。
緘口令を敷きます。
破った者には先ほどの処罰が下りますので、各自注意するように。以上。」
帰宅時間になった。
一緒に帰ってくれる児童など、はなからいない。
重い気持ちを引きずったまま、誰もいない校門をくぐろうとすると、誰かが駆け寄ってきた。
増田「あのね、今日ね。ありがとね。
私もしんじゅ☆♪ちゃんの事バカにしていたの。
優しいんだね。これ受け取って。」
彼女はミルキーを二つ渡してくれた。
私「友達になって!」
増田「ごめんね。
私見つかると怖いから、もう声をかけてこないでね。
ごめんね。」
私「…そんな。」
彼女は足早に去っていった。
教師の復讐は成功したのである。
ミルキーを一つ口に放り込む。
(お母さん、私、悪い事してないのに。
友達も出来ない。
もう、4年生なのに、お話できるのお母さんとおねえちゃん位。
いい事をすれば、きっと神様が見ててくれるって、お母さん言ってたのに。
仕返しをすると、自分に返ってくるからって言われて必死に我慢しているのに。
グス。ミルキーしょっぱい。
…そうだ、一つはお母さんに見せよう。)
この事件が起きたのは1月の事だった。
私は5年生になるまで、空気の扱いを受ける事になる。
それまで、ノートや教科書への落書きや、鉛筆の芯は常に折られていた。
机の中にゴミや時には虫やトカゲの死骸が入っていた。
画鋲や、カッターの刃を筆箱や教科書に仕込まれたりした。
結果、授業中に突然手指を傷つける事になる。
すると教師が準備良くニヤニヤと笑いながら絆創膏を差し出してきたものだった。
「私の大事な生徒に保健室へ駆け込まれては敵わないからな」そう言いながら…。
いじめが他の教師に発覚するのを防ぐ為に、用意していたものだった。
私は絆創膏を受け取りながら、背筋が冷たくなるのを感じた。
給食にチョークの粉を振り掛けられたり、牛乳をわざとこぼされたりもしていた。
休み時間には通りすがりざまにクラスのリーダー的女児児童によく蹴りを喰らわされてもいた。
さらに給食費を盗まれたりもしていた。
そういったいやがらせがなくなったのは、かえってありがたかった。
しかし、事件は起きた。
いつものとおり、机の中に教科書の出し入れをしようとすると、違和感がある。
また、ゴミでも入れられたのかと机の中を覗くと。
そこには使用済みの生理用ナプキンがむき出しで入っていた。
私「…っき。」
まだ、初潮が来ていない私は生々しい血液を見たことが無かっただけにショックが大きかった。
訳がわからない。
触りたくない。どうしよう。
ビニール袋か、せめてティッシュかハンカチを…。
突然立ち上がった私をみて教師が声をかけてくる。
私はしどろもどろで説明をする。
私のティッシュとハンカチは既に隠されていた。
教師「素手で、片付けて来い。
おい、教室のゴミ箱には入れるなよ。
汚物なんだから、トイレに捨てて来い。」
周りのざわめく声が遠くに聞こえる。
うわー、汚なー。やりすぎじゃねーという声が聞こえる。
気分が悪くなる。視界が霞む。呼吸が乱れる。
足元がふらついて、もう、立っていられない。
ここまでの仕打ちを受けなければならないのか・・・。
もう、限界だった。
私は教室の床に倒れこんだ。
自分で自分の呼吸のコントロールが出来なくなっていた。
涙と唾液が垂れる。胸が苦しい。
私は過呼吸の発作を起こしていた。
「キャーッ!」という悲鳴が遠くで聞こえる。
教師が騒ぐな、と一喝する。
さっさと教室移動しろ、次は理科の時間だと児童に告げる。
誰かが、
「先生、保健室に連れて行った方がいいんじゃないんですか。」
と言っている。
教師「あんなものは仮病だ。すぐによくなる。
教室に鍵をかける直前の状態にして、皆は移動しろ。
しんじゅ☆♪お前は汚物を片付けてから、理科室へ来い。」
私は一人教室に放置される。
20分ほど経っただろうか。呼吸が自然なものへと戻っていた。
まだしびれる頭と体を抱えて、のろのろと起き上がる。
(ゴミを片付けて、理科室へ行かなくっちゃぁ)
フラフラと立ち上がって、汚物を手づかみする。
「もう、いい。お前は限界だ。
あんな痴れ者の言う事など、真に受けるな。
理科室ではなく、保健室へ行け。
自分の体を一番に考えろ。
保健室に行きさえすれば後はなんとかする。」
声が頭の中で響く。
保健室?保健室に行けばいいの?
「そうだ、もう何も考えるな。
このままではお前は壊れてしまう。
早く、保健室へ行け。」
しびれる体を抱えながら、廊下に出る。
途中、上級生が利用するトイレに汚物を捨てる。
トイレから出た途端、また発作に見舞われる。
どこかのクラスで音楽の授業が行われている。
子供達のかわいらしいコーラスがグニャグニャと頭の中に流れ込む。
学校の緑色の、表面が磨り減った廊下を四つんばいになって保健室へと向かう。
視界が歪み、全てが悪夢のようだった。
何とか保健室のドアに取りすがる。
物音を聞いて、保健室の教員が駆け寄る。
教員「あなた、どうしたの。え、一人なの?付き添い無し?
どこのクラス?担任の先生は誰?」
私「4年6組、しんじゅ☆♪。担任は小宮(仮名)。」
それだけ告げると私は意識を失った。
私はそれ以降も学校に通っていた。
父親に、もう学校には行きたくないと泣いて訴えたが、頑として受け入れてもらえなったからだ。
昭和58年当時の事である。
学校に行って、教師の言う事を聞いていれば間違いがない、というのが当時の親の感覚だったのだ。
毎朝、校門をくぐると軽い頭痛がする。
教室では誰も目を合わせてくれない。
私は陰鬱な気持ちで、孤独な学校生活を送っていた。
毛色の品評会の事件から数日後の事だった。
またしても一人校門をくぐって、帰宅しようとする私に、クラスのリーダー的存在の男子が声をかけてきた。
男子「お前さ。俺は偉いと思うよ。
あの先生のがおかしいって。
あの日の事を、夜に親にしゃべったらさ、お前の事褒めてたよ。
あの家の奥さんは出来た人だから、さすがにその子供は立派だって。
そんな子供がいる世の中は捨てたもんじゃないって感心してたよ。
けど、親が言うには、あの先生は変だから、まともに相手したら危険だって。
あと数ヶ月だから、やり過ごせって言うんだ。
だから、教室では何もしてやれないけど。
男子からの嫌がらせは俺が抑えてやるから安心しろ。
まぁ、女子の方は無理だけどな。
俺もお前の方がよっぽとあの先生より人間が出来てると思うよ。
俺、大人にあんなにスラスラと怒れないよ。
お前、きっと頭いいんだよ。
あんな先生の言う事なんか、気にすんな。
勉強して見返してやれ!
俺、親父と同じ消防士になりたいと思っているんだけど。
おまえ、人を守る仕事が向いてると思うよ。
消防士とか、警察官とか。
あ、お前運動全然ダメだから無理か。
えーと、医者とか弁護士とか先生とか、政治家とか、役人でもいいんじゃねぇか。
明日も学校来いよ!
後、今までブスって言って悪かったな。
じゃあな!」
一方的にまくし立て、その少年は駆け去っていった。
(お母さん、お母さんが褒められたよ。私認められたよ。
やっぱり、神様はいるんだねぇ…。)
泣きながら帰宅したのを覚えている。
その後、無視以外のいじめはピタリと止んだ。
ただ、一人ぼっちの生活は却って学業に打ち込めたらしい。
成績は良かった。
テストの採点で、行人偏の幅が広すぎるとか、レ点のハネが無いので、これはただの汚れだと言われて何かと減点を喰らってはいたが、目だって成績が下がる事は無く、これで母に心配をかけずにすんだとホッとしたのを覚えている。
さて、この時も謎の声に助けられていますね。
ありがたいことです。
それにしてもこの女性教師の品性の下劣さは凄まじいですね。
理解に苦しみます。大丈夫か愛知県教育委員会。
この教師は一昨年定年退職しています。
品評会の後、色々根回しをしたらしく、特に彼女にお咎めはありませんでした。
そういえば、この時よっぽど内申にひどい事を書かれていたらしく、5年6年の担任にお前の性格は聞いていた話と違うな?という反応をされましたね。
さて、当時の女子のリーダー的存在、仮にミオちゃんとします。
彼女に私は疎まれていたのですが、中学に上がると同じ部活に入る事になります。
私が住んでいた町は小学校、中学校が一つだけでしたので、9年間幼馴染として生活する訳です。
小学生でつまずいた私は当然、中学校でも虐められ続けます。
しかし、このミオちゃんは突然、小学生の時虐めてごめん、と私に謝ってきました。
ミオ「あんたの母親が小学生の時に死んでいたなんて、最近まで知らなかったんだ。
あの時は自分はお母さんに虐められていたのに、母親を尊敬しているあんたがうらやましかったんだ。」
と告白されました。
私「突然そんなこと言われても、あんなひどい目に遭わされたら、急には許せないよ。
でも、ミオちゃんは、将来いいお母さんになれると思うよ。」
と答えた覚えがあります。
おかげで、部活では虐められなくなりましたね。