私「あのさー、『緑の姫君』って、知らない?」
私は教室で読んでいた、漫画の本をパタリと閉じて、すぐ側にいる、友人達に声をかける。
そこは商業高校の教室で、休憩時間中の室内には女子が溢れかえっている。
クラス員全員が女子のみの、情報処理課クラスでの、平成2年の秋の事だ。
友人Y「さぁ?何ソレ?」
友人K「うん?知らないなぁ。」
友人M「んー、聞いた事ないけど?一体何の話だ。脈絡を話せ。」
私は手にしていた漫画本を友人に差し出す。
白泉社出版の漫画「バビロンまで何マイル?」川原泉:著作の少女漫画だ。
私「ん、や、この漫画の中にさ、話とは直接関係ないんだけど。
登場人物が、図書館で本を借りるわけ。
そのタイトルが『冬薔薇城の姫君』ってんだけど…。」
友人M「実際にある本なのか?」
私「や、カーラさん(川原泉先生の愛称)の創作だと思うんだけど。
別に主人公が読む本でなし。」
友人M「要領よく話せ。」
私「あ、ワリィ。んで、この本のタイトルが気になってさ。
んで、『緑の姫君』って話、知らない?
どーも、子供の頃、聞いた覚えがあってさ。」
友人K「さぁ、やっぱり思い出せないな。
小説にありそうなタイトルだと思うけど。
コバルト文庫とかさ。」
友人M「うーん、やっぱり無いぞ。少なくとも、私の記憶には無い。
子供の頃って、どの位前の話だ。お前、まだ子供だろ。」
私「ちょっとー。うん、子供っていっても、相当前だな。
小学校、上がる前くらいのはず…。」
友人Y「十年前かぁ。そんころ、何が流行ってた?」
友人K「キャンディ・キャンディとか。花の子ルンルンとか。
母を訪ねて三千里とかじゃね?」
友人O「何々ー?懐かしのアニメ特集?ハクション大魔王、好きだったよー!」
通りかかった友人が話に喰いつく。
私「や、そんな、コメディっぽいんじゃなくてさ。
『緑の姫君』って話、っていうか漫画かアニメかも分からないんだけど、知らない?」
友人O「それがどうかしたの?」
私「うん、なんか引っ掛かってしょーが無いけど、思い出せないのよー。」
友人Y「あー。あるある、そういう事。」
友人M「しかし、十年前だろ?
読み書きもろくに出来ない年頃で、そんなヒロイックファンタジー的な書物を見聞きするかね?
何かの記憶違いの可能性があるんじゃないのか?」
私「うーん、そうなんだけど、確か、小学校に上がる前に聞いた覚えがあるんだよな〜。
でも、思い出せない。」
友人K「その頃なら、やっぱりアニメだろう。
アタシは思い出せないけど、他の子に聞いてみたら?」
友人O「はいはい!赤毛のアン好きでした!
小公女セイラも!」
友人Y「あー、ハウス劇場ね。懐かしい。」
友人M「や、その頃はカルピス劇場だろ。小公女うんぬんはハウス劇場だと思うけど。」
私「あぁー、そういや、やけにカルピスの宣伝してたな。
いつの間に変わったんだ?」
友人M「スポンサーが代わったんだよ。
気付ばカレーやシチューの宣伝が刷り込まれているだろう?
資本主義の流れには逆らえないのさ。
ところで、『緑の姫君』ってタイトルではやっぱりアニメは無かったように思う。
やっぱり、小説か漫画じゃないのか?」
私「いや、本なら、覚えているはずだ。」
友人M「読んだ事事体を忘れているんだろう。
タイトルからして、小学生の高学年位に読んだか、見るかしたんだろうよ。」
私「いや、そんなはずはない。今まで読んだ本は全て覚えている。
それこそ5・6年前の本なら、しっかり覚えているはずだ。」
友人Y「うん?忘れちゃうでしょ、普通。」
私「いや、字が読めない時でも、母親が読み聞かせしてくれた本位からなら全て覚えている。
教科書は別だがな。」
友人M「そういや、コイツ、本に関しては異常に記憶力がいい。
あながち間違いじゃ無さそうだが、それじゃ余計に手ががり無しだ。
まぁ、手当たり次第、クラスメイトに聞き込んでみるんだな。
全員同世代だ。誰か一人くらいは覚えているかもな。」
私「うん、そうする。なんか、消化不良で気持ち悪いし。」
そうして、クラスメイトに手当たり次第尋ねてまわる。
しまいには体育の合同練習で一緒になった隣のクラスにまで尋ねてみるが、手ががり無しだった。
私「緑の姫君、緑の姫君…。」
あれから、数日が経っていた。
いつまでも教室でブツブツ言っている私を不憫に思ってか、友人が声をかけてくる。
友人M「お前、まだ言ってんの?そんなん、親に聞けばいいじゃん。」
私「うーん、正論なんだけど。
多分、母親なら知っていそうだけれど。
もう、死んじゃったんだよね。
試しにお姉ちゃんと、お兄ちゃんに聞いても、知らないって。
ふー。気持ち悪い…。」
友人Y「この人、部室でも先輩に聞いたりしてたよ?
でも、誰も知らないんだって。ちと不憫ね。」
友人M「くくく。しかしおとなしく悩むお前を見ても、いじり甲斐が無いな。
どうだ、K、オッサンに聞いてみては?」
友人Mが言っている『オッサン』とは、友人Kの守護霊:和尚さんの略称だ。
男言葉を使う、小柄で色白の友人Kは強い霊感の持ち主で自分の守護霊たちと会話が出来る。
特にこの当時の彼女の指導霊が徳の高い修行僧らしく、様々な予言を私達に与えてくれることがある。
しかし、基本自力本願なので、女の子が好きそうな、調子のいい事は言ってくれない。
友人K「しょうがないなぁ。まぁ、お前、オッサンのお気に入りだしな。
うまくすれば、智恵を貸してくれるかもだけど、期待すんなよ。」
そう言って、友人Kは一瞬瞳を閉じたかと思うと、瞳を輝かせて私に話して聞かせてくれた。
友人K「お前、そりゃ、しんじゅ☆♪の名前だ。とオッサンが言っているぞ。」
友人M「はい?コイツの名前がどこでどうして、『緑の姫君』になるってんだ?
全然かすってないぞ?根拠を示せ。」
友人K「あぁ。私もビックリした!いや、なかなか面白いぞ!
あのなぁ。しんじゅ☆♪、お前の名前、本当の意味知っているか?」
私「知っているも何も、意味はなさないだろ、この漢字の並びじゃ。
ただ単に、生まれた時の総理大臣の娘からとったって聞いてるぞ?」
友人K「漢字をまず、バラバラにするんだ。
そして、一文字ずつ、その歴史を紐解く。
まずは一文字目。これの意味は知ってるか?」
友人M「見たまんまだろ。それ以外、考えようがないと思うがな。」
私「まんなかとか?本当とか?そんなところか?」
友人K「お前、この言葉の本当の意味はな、死者だ。
木の枝に紐をかけて首を吊ってぶら下がった死体、という意味だ。」
友人Y「えぇ!随分不吉な言葉だけど…。」
私「えぇ!この漢字使っている人、普通に沢山いるよ?なんでなんで!
そんな縁起でもない意味あるのに、皆使ってるの?」
友人K「まぁ、待てって。人間はさ、生まれたら、必ず成長して死ぬ。
つまり死体はそれ以上成長しない代わりに人間の完成形でもあるんだよ。
完全体、完成形。
生を超越した者って意味で、一番上の状態を表しているんだよ。」
友人M「随分、こじつけっぽいな。まぁいいが。続きを聞かせてくれ。」
友人K「次にこの漢字だ。どんな意味だと思う?」
友人M「これこそ、ほかに解釈しようがないだろう。」
友人K「頭を柔軟に考えるんだ。
今度は漢字の生い立ちではなく、連想で構わない。」
私「うん?森、とか、植物とか。自然とかって所かなぁ。」
友人K「そうそう、いい感じだ。それを英語で表現すると?」
私「ウッド、ツリー、グリーン、ネイチャー。あ、緑か!」
友人K「最後にこの文字。」
友人M「こんなん、拡大解釈しようがないだろ。」
友人K「そうだな。でも子供、そして、日本では特に女の子供につけるな。」
友人M「読めてきたぞ。でもまだまだ苦しいが。」
友人K「なぁ、しんじゅ☆♪。
国で一番豊かで恵まれて優れた人物をなんて言う?」
私「え?大臣とか?総理とか?貴族とか?社長?大富豪?うーんと、王様とかかな?」
友人K「そうそう、王様ってどうやって決まると思う?」
私「そりゃ、親が王族だからでしょう?
親が大金持ちだったり、先祖が戦に勝利したり。
最初の先祖がそれだけ有能だったり、才能に溢れていたり、人望があったりしたんだろうね。」
友人K「そうだな。
そしてそんな王族に生まれるには、どうすればいい?」
私「どうしようもないだろう。
どの家に生まれるかは運次第だと思う。
もしくは、努力して、最初の王様になるか、だな。
それでも、自分一人の力ではダメだろう。
少なくとも、才覚と努力と人望や財力が必要だと思う。」
友人K「そういう人物の事をどう思う?」
私「そりゃ、恵まれた人だよ。
豊かな才能や運を持ち合わせている。
きっと頭もいいだろうし、家柄も申し分ない可能性があるなぁ。
とにかく、選ばれた人って感じだ。」
友人K「そういう奴らを概念として、どう例える。」
私「人間の理想というか、完全な人かな。
そんな人、いないと思うけど。」
友人K「いるよ。人間の完全形。つまり死者。そしてお前の名前。」
友人M「なるほど、死者=王者って訳だ!」
友人Y「なるほど〜、それじゃ、縁起のいい名前になるね。」
友人K「伊達に総理大臣の娘から取った名前じゃないって事だ。」
私「つまり?」
友人M「お前、鈍いな〜。ここまできて、まだ組み立てられないのか。」
友人K「最初の文字は王者。王様。
二文字目は緑。
三文字目は女の子。
王様の女の子。王様の娘。
言い換えれば、お姫様だよ。
つまり、お前の名前は、順番を入れ替えると
『緑の姫君』って意味になるのさ!
さあ、謎解きはここまで。
オッサンの講釈も、たまには役に立つな!」
教室内に予鈴が響き渡る。
私「私の名前が、『緑の姫君』…。
思いも寄らなかったけど、なんだか、素敵だ…。」
友人M「あぁ、コイツにはちょっと高尚しすぎやしないか?」
友人Y「姫君ねぇ…。」
友人K「あぁ、名前がらみで、もう一つ面白い話を聞かせてくれるそうだぞ。」
友人M「何々?聞きたい!」
友人K「アタシは『せんせい』、しんじゅ☆♪は『しんじゅ』、Mは『あき』、Yちゃんは『みずほ』になる。
この意味分かるか?」
私「え?Kが『先生』で私が『真珠』?MとYちゃんは変わって無いじゃん。」
友人M「分かった!その法則、読めたぞ!」
予鈴が鳴っていたので、教師が教室のドアを開けて入ってくる。
友人K「答え合わせは授業の後だ。
ヒントはある職業に就くとこんな感じに改名させられる、とオッサンが言ってるぞ。」
バラバラと生徒達が自分の席に戻り、教科書を机の上に並べる。
本鈴が鳴って、5時間目の授業が始まる。
答え合わせが気になりつつ、起立、礼の所作をオートマティックにこなす。
終業のチャイムがなる頃には、答えが分かっていた。
そんなやりとりを思い出したのは平成23年4月10日(日)の事。
私は興奮しながら、自転車を立ちこぎし、『緑の姫君』の意味をかみ締めていた。