母「…でね、このおしべとめしべがくっついて、実がなるの。
動物で言うと、雄と雌が仲良くなって子供ができるのと一緒ね。
植物は、土から生えて、太陽の光と、空気と、お水があれば、自分で栄養を作って大きくなれるの。
お花が咲いて、枯れる頃にはここに実がなっているのよ。
その実から、種ができて、地面に落ちて。
そこから、芽が出て、大きくなって、お花が咲いて、とその繰り返し。
動物は自分で栄養を作ることができないから、植物の実を食べて体を大きくするのよ?
分かった?」
私「うん。土から生えているのが植物。土から離れて動いているのが動物。
じゃあ、この石は何物になるの?」
母「うん、石はね。鉱物というのよ。自分で栄養を作ったりはしないの。
昔々、大昔から時間をかけて、マグマが冷えて固まったものだったりするのよ。」
私「マグマ?」
祖母「何をやっとる、ミキ(母の名前)。
さやえんどうを採らせに行ったら、なかなか戻ってこんと思ったら、そんなガキに懇切丁寧に教えとらんでもえぇやろが。」
母「お母さん。」
私達は母の実家に来ており、玄関から少し離れたところにある、プランターになっていたさやえんどうを採りに来て、しゃがみこんで長々と話し込んでいました。
祖母「いちいち細かく教えんでもえぇやろ。
そのうち学校で習ってくるさかいに。
授業料がもったいないだろうが。」
母「お母さん。この子には、なんでも丁寧に説明しておかないと。」
祖母「たわけらしぃ。
そんなに根を詰めとったら、親の身がもたんて。
ほっとけばえぇやろうが。」
母「しんじゅはね、お風呂を見てきて、と言ったら。
風呂桶にお湯を張らずに、お風呂を見てきた、と報告するのよ。」
祖母「風呂を見ろと言ったら、湯の具合を見てくるのが当然やないか。」
母「私もそう思って、ふざけているのかと叱ったらね。
なぜ、自分が叱られているのか分からなくて、泣いているのよ。」
祖母「たわけか。」
母「お風呂のお湯が入っているか、見てきてと言ったのに、と言ったら。
『お風呂を見てきて』と言ったから、お風呂をのぞいて来たのに。
ウソを言っていないと、泣くのよ。」
祖母「親をからかっとるんやろう。子供のくせに嘘をついて、しょーもない。」
母「そうじゃないのよ。
お母さん、寒くてがっかりした、と言ったら。
寒い思いをさせて、ごめんなさいと言うのよ。
話半分に聞いていて、忘れたとか。
叱られて言い逃れをしている、というより。
言っている意味が理解できないのよ。
だから、この子には丁寧に言葉を伝えないと、伝わらないの。」
祖母「ますますたわけやないか。大丈夫か?」
母「学校の勉強もね…。
色盲や、知能テストを受けたんだけど異常はないのよ。
この子はちょっと足りない所があるから、こうしてなるべく丁寧に説明するようにしているの。」
祖母「できそこないか。
しゃーない。
女の子なんやし、裁縫や料理を仕込んでおけば構わんだろう。」
母「お母さん、お母さんの頃とは時代が変わっているから。
女の子だからお嫁にいって、はい、おしまい、という訳にはいかないわよ。
学校に行った後は、社会に出て、働いて。
それから結婚するから。
結婚してからも働くかもしれないわ。」
祖母「そんな先の事まで心配せんでもえぇやろ。
ほっといても、子供なんて勝手に大きゅうなる。」
母「この子は頭が悪い訳ではないのよ。
人の話をよく覚えているし。
ただ、鈍い所があるというだけ。
でも、全部に鈍い訳ではなくて。
時々、大人でも見過ごすような、ハッとする事を言う事があるの。
まるで、人の心が読めるような。
この子は社会に出たら、苦労するわ。
だから、今の内にたくさん常識を教え込んでおかないと。」
祖母「お前、四人も子供がいて、そんな事しとったら、身が持たんだろうが。」
母「うぅん、上の子達はとても利発だし、下の子も賢いわ。
でも、確かに一人ひとりにはそんなに時間が割けないの。
だから、こうして二人っきりの時は、たくさんお話をしてあげてるのよ。
本もたくさん読ませているわ。」
祖母「まぁ、早いとこ嫁に出すんだな。」
母「お母さん、近頃の女性に必要なのは、知性と教養よ。」
祖母「たわけか。女は器量だて。
F(私の姉)は色白で器量がえぇ。
あの子は長者のトコに嫁げるが、こん子は不器量だで、難しいか?」
私「…おばあちゃん、嫌い…。」
私が母の背中に隠れて、小さくつぶやくと。
祖母「何言うとるんや!ガキのくせに、こんワシを馬鹿にするか!」
母「しんじゅ、そんなこと、おばあちゃんに向かって言う物じゃないわよ。
お母さんも、いくら子供でも顔をけなされたら怒るわよ。」
祖母「器量が悪いだけやなくて、愛想も悪いのか!
たわけやし、出来損ないやな!」
母「お母さん…。
この子は五体満足で生まれてきただけで、もう十分親孝行よ。
そんな事、言うものじゃないわ。
それに、この子はかわいいわよ。」
祖母「…そうやな。
五体満足に生まれてきただけで、よしとするか…。
お前はワシの娘だけあって、お前の産んだ子らは皆、器量がえぇ。」
母「お父さんが男前だからね。」
祖母「お前は気立てもえぇのに。
しょーもない男のとこに嫁いでからに。」
母「お母さん、子供の前だから!」
祖母「ワシはお前が一番かわいいのに…。
しんじゅ、親の言う事を何でも聞いて、迷惑かけるなよ。分かったか!」
私「…はい。」
私は涙ぐみながら、うつむいて、手をぎゅっと握りました。
さやえんどうの青い香りがしました。
母は苦笑を浮かべて、私の手を握って母屋まで連れて行ってくれました。
母屋のかまちに腰かけて、しょんぼりしてしまいます。
私「お母さん、しんじゅ、不器量なの?お姉ちゃんと違って。」
母「そんなことないわ。どちらもかわいい私の娘よ。」
母は新聞紙を広げて、さやえんどうの筋取りをしながら、こちらを振り返って笑っています。
私「でも、おばあちゃんが…。」
母「おばあちゃんは、怒りっぽい人なのよ。悪気はないから、許してあげて。」
祖母「またワシの悪口か!めそめそして親に迷惑をかけとるんやないぞ!」
私「…。」
祖母が通り過ぎていくのを首をすくめて見送って。
母の側にくっついて、涙ぐみました。
私「おばあちゃん、イジワルだ…。」
母「そんな事言うもんじゃないわよ?今はちょっとご機嫌ナナメなだけ。」
私「しんじゅの事、嫌いなんだ。」
母「そんな事無いわよ。
いろいろ物をもらっているでしょう?
愛情が無ければ、そんな事にはならないからね。」
私「でも、出来損ないだと言ってた。」
母「本気ではそう思っていないわよ。
おばあちゃんは、何にも考えずにポンポン言う人なだけ。
世の中には、そういう人もいるものなの。
気にしないでね、と言っても、気にするか…。
しんじゅが不器量というのは、間違いよ。
今はチンクシャかもしれないけれど。
しんじゅちゃんは大きくなって、お化粧すれば、うんと美人さんになると思うわ。
足の裏も大きいし、きっと背高さんになると思う。
お姉ちゃんと二人、着飾って街を歩けば、きっと男の人がふりかえるわ。
あぁ、楽しみだなぁ。
どんな大人になるんだろう。
今から楽しみだなぁ。
3人でショッピングに出かけるの。
美女二人に囲まれてね!
お母さん、今からそれがすごく楽しみなの。」
眼鏡の奥の瞳が細くなっていました。