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少女時代5

「でだ。これはお前の協力無しには成立しない。
 賢いお前を見込んで、協力を要請する。んぐんぐ。」

私は中学3年になっていた。
四つ下の弟は小学5年生になる。
二人して、コタツに入りながら、玄米茶をすすりつつ、菓子を頬張る。
この頃の私達のマイブームは玄米茶だった。
当時の週間少年ジャンプで連載中の「燃える!お兄さん」で、主人公健一が「アチャ!オチャ!玄米茶!」という決めゼリフが子供心に響いていたのだった。
玄米茶は何しろ安い。しかし飲めば飲むほど喉が渇くのが難点だった。

私「明日の午後2時半に、2階のベランダに私の靴をそっと置いておいて欲しい。
  さらに、それ以前にベランダの下に、私の自転車を車庫から出しておいて。
  できれば、5分から15分前にだ。早すぎては勘付かれる。頼めるか。」

弟「いいけど。姉ちゃんも大変だな。」

私「私の将来がかかっているんだ。命がけで頑張るさ。」

玄米茶をずずーッと啜る。

母が病死すると同時に実家の家業は傾いた。
生活が困窮する。
父は私の高校進学をよく思っていない。
日常的に姉と私は父の暴力を振るわれていた。
顔と手足以外は、生傷が絶えない。

私「さすがに道路の街灯の明かりだけでは勉強がはかどらない。
  特に、英語と数学は致命的だ。
  だから、隣町の図書館に勉強しに行きたいんだ。
  でも、お父さんに店番を頼まれている。
  それを抜け出して、勉強に打ち込むためにはお前の協力が必要不可欠なんだよ。」

弟「なんで、姉ちゃん達ばっかり、父ちゃんは虐めるんだろう…。
  しかも、上の姉ちゃんは、お父さんを言い負かしたりしているから、まだいい。
  俺は、下の姉ちゃんが無抵抗なのに殴り続ける父ちゃんを見ると、吐き気がしてくるよ。
  体がすくんで動けなくて、助けてやれなくてごめんな。」

私「うん。私はお前がまともで嬉しいよ。
  気分悪いもの見せてごめんな。
  それに、お前はまだ小学生だ。
  助けに入ったところで、怪我をするのがオチだ。
  その上、弟をダシに使いやがって、と火に油を注ぐ結果になりかねないから、無理はするな。
  お前はまだ、小さいんだから。
  私がお前の年には、両親が揃っていたんだ。
  お姉ちゃんなのに、気にかけられなくてごめんな。」

弟「なんで、アイツが俺らの父ちゃんなんだろう。」

私「さあなぁ。子供は親を選べないっていうしな。
  考えても仕方ないだろう。
  前世の行いでも悪かったかもな。
  まぁ、親父が居なけりゃ、お前も私も存在していなかった訳だし。
  人には誰でも役割があって、不必要な人間は、誰一人いないって忠助さんが言っていたぞ。」

弟「タダスケって?」

私「大岡越前の守忠助だ。時代劇はいい。
  勧善懲悪で白黒はっきりしていて私は好きだ。」

弟「その大岡越前って奴も適当な事を言うな。
  俺らの父ちゃんなんか要らない人間だろ。」

私「そうじゃない。
  どんな人間も必要だってことは悪人ですら存在意義があるって事だよ。」

弟「暴力を振るう、悪い大人でもか?」

私「そういう困った人間はだな、そう、反面教師だと忠助さんは言っていた。」

弟「反面教師?」

私「悪い見本って意味だ。
  お前が大人になって、親父と同じ事をしない人間になれば親父の存在意義があろうって話だよ。
  その心配が無さそうで、私は安心したって言ってんだよ。」

弟「悪い見本なら、もう十分だよ。」

私「あぁ。十分過ぎるな。
  小学生のお前につらい思いさせてごめんな。
  姉ちゃん、自分の事でイッパイイッパイでさ。」
  
弟「姉ちゃん。俺、なんでも協力するよ。」

私「ありがとう。
  それじゃいいか。
  私が二階に登る時、新しい文房具が必要だとか、何とか言って、親父の気を引くんだ。
  その隙に私はベランダからこっそり飛び降りて抜け出す。
  いいか、あいつ意外と勘がいいから、こっちをチラ見すんなよ。
  緊張すると思うが、お前は賢い。
  きっとできると信じているよ。」

弟「姉ちゃん…。
  こないだ救急車で運ばれたばっかりなのに、(←過呼吸の発作で倒れた)ベランダから飛び降りるなんて、結構大胆だよな。
  本当は運動神経がいいんじゃないのか?」

私「いや、イッパイ、イッパイだよ。
  最近、体重が増えてきて、受身がきつくなって来た。
  あの高さから静かに落下しても、足首にかかる負荷は体重の2〜4倍だと思う。
  体重が30キロ代の中学生の内が限界だ。
  だから、来年、高校生になったら、今とは状況が異なる事を期待している。」

弟「姉ちゃん、前向きだな。」

私「あぁ、高校生になったら、自分でお金が稼げるようになる。
  きっと状況は好転するはずだ。
  それには高校入学しなくちゃならない。
  そのためにも家を抜け出して図書館で勉強する。
  お父さんも言っていた。
  学年で50位以内に入れば、進学を考えてやるって。
  こないだまで180番台だった成績が、前回は78位だ。
  あたしはあんまり賢くないけれど所詮、中学生の勉強だ。
  頑張れば出来るはずだ。
  もう少しで届く。」

弟「俺、姉ちゃんは、普通の家庭に育っていれば結構賢いと思うぞ。」

私「そんな事はないよ。
  これは危機的状況が、当人のポテンシャルを引き出しているに過ぎない。
  窮ずれば通ず、ってやつだ。
  ブロンズセイントが、ゴールドセイントをやっつけれるのと同じ理屈だよ。」

弟「今日の姉ちゃんは、元気のある方だな。
  昔から姉ちゃんは時々ハッとする事を言う時がある。
  今の姉ちゃんなら、皆好きになると思うのに。
  おとないしい時の姉ちゃんも、漫画好きでおもしろいのに、なんで皆虐めるんだろう。」

私「しかたがない。給食費を滞納してばかりだからな。
  いつも、おかずや牛乳がはしょられてしまう。
  お前らが給食費を払っているわけじゃあるまい、とは思うものの、給食費を収めていない以上、強く文句も言えなんだよ。」

弟「なんで、父ちゃんは姉ちゃんばかりひどい事するんだろう。
  俺にはおもちゃもお小遣いもくれるのに。」

私「さあなぁ、何か女性にトラウマでもあるのか。
  育ちが悪いのか。
  資産家の三男なのに、なんでだろ。
  いずれにしても理解できないし、したくも無いな。」

弟「俺、学校で、給食をかすめ取られたなんて事、一度も無いよ。」

私「あぁ、うん。でも、時々いいことがある。
  レーズンパンや、チーズを皆がくれる事があるんだ。
  これで、図書館でのいいおやつになる。」

弟「それは、自分の苦手なものをくれただけじゃぁ。」

私「それに、今食べているこのお菓子。
  民生委員の今枝さんがくれたんだ。 
  ありがたいねぇ。
  ああゆう大人になりたい。」

弟「そうだね。姉ちゃんが勉強できるように協力するよ。」

私「…できれば、本当はお前に図書館まで着いて来て欲しい所なんだが。」

弟「何で。」

私「この間、図書館でトイレにいったら、男性用のトイレが清掃中になっていてね。
  何気なく前を通ったら、見知らぬ男に制服をつかまれて引き込まれそうになったんだ。
  たまたま、その時、図書館の職員さんが二人通りがかってね。 
  私は突き飛ばされて、男は逃げていった。
  ちょっと怖くてね。」

弟「またか。姉ちゃん、地味なのに、なんでそういう目に遭うんだろ。
  上の姉ちゃんならまだしも。」

私「あぁ、姉さんはすごい美人だからな。
  なんでそういう目に遭うかは私もよく分からない。
  後、自転車置き場でも体を触られたり、帰り道に男につけられたりしておっかないんだよね。」

弟「姉ちゃん、俺、着いていこうか。」

私「いや、やっぱりお前は家に残っていてくれ。
  逃げ出す時の囮が必要だ。
  背に腹は変えられない。
  それよりも問題なのは自転車が使えるかどうかだ。」

弟「何、ソレ。」

私「あぁ、前回図書館に行った帰りなんだが。
  突然物凄い眠気が襲ってきて、いつの間にかハンドルが車道側に切られていたんだ。
  何故か私は歩道側にすっころんで、擦り傷で済んだんだが。
  自転車は大型トラックに引っ掛けられていったんだよ。
  だから、今ボロボロなんだよね。」

弟「また、事故に遭ったのか。
  おかしくねーか、それ。」

私「いや、最近寝不足でなー。
  金縛りに週に4回ぐらい遭うんだよ。」

弟「いや、それマジやばいんじゃない?」

私「うーん、思春期特有の情緒不安定って奴だろ。
  体が成長しきったら、こんな事終わるよ、きっと。」

弟「姉ちゃんの部屋から、時々呻き声がするのってそれだったのか。」

私「うん、電気を点けると金縛りは解けるんだけどな。
  こないだなんか、いくら電気のコードをひっぱっても明るくならないと思ったら、幽体離脱してたみたい。」

弟「それ、絶対変だから。除霊とかした方が良くない?」

私「あはは、何言ってんだ。幽霊なんているわけ無いよ。
  大体給食費もままならないってのにそんな得体の知れ無い事にお父さんがお金を出すとでも思うのか。」

弟「そうかなぁ。
  俺には目に見えない悪意みたいな物が、姉ちゃんに取り憑いているとしか思えないけどな。」

私「お前は賢いなぁ。
  小学生だって言うのにそんな言い回しが出来るなんて。」

弟「感心してないで!なんだかおかしいよ、ソレ。」

私「大丈夫だって。
  私は金縛りの一つの法則を発見した。
  親父への殺意が強い時ほど、金縛りの負荷が強い。
  つまり、心を清浄に保てば問題はないよ。
  難しいとは思うけど、大丈夫だ。希望があるからね。
  ま、でも私の部屋からうめき声が聞こえたら、遠慮なく電気をつけてくれ。」

弟「…なんだか、今日の姉ちゃん、すごく頼もしいな。
  まるで、いつもとは別人のようだ。」

私「時々は私が来て、この家の気をかき回してやらないといけないからな。」

弟「何の話?」

私「いや、こっちの話。気にしないで。
  私は将来お金持ちになるよ。
  出世払いで借りは返すから期待してろ、弟よ。」


                                
  

この後、学年で30番台になりましたが、父に報告すると中卒の俺をバカにするのか、死ねと激怒されます。
結果、父親に黒電話の受話器で強打され、肋骨にヒビが入ってしまいます。
給食費をしぶる父親が治療費を出すわけが無く、当然病院にもいかれません。

さらに、冷蔵庫にチェーンを巻かれ、夕食が与えられなくなります。
こんな妙なイヤガラセにお金と時間を使うヒマがあるなら、もっと経営努力をすればいいのに、不毛な事をするとあきれた覚えがあります。
朝食時には市場へ仕入れに行っており、家を空けているため、他の兄弟ともども食事にありつけます。
砂糖水をつくり、塩をなめて、空腹をしのぎます。
まあ、それも冷蔵庫に保管され、最後はしょうゆとみりんで代用してました。
あ、いや、こんなにひどいのは2週間程度でしたよ。
弟は同情して、自分が父親に貰った牛乳パック残しておいて泣きながら差し出してくれましたね。
持つべきものは心優しい兄弟です。
さらに、近所の人や、親戚がひょっこり現れて、差し入れを貰い、結構食いつなぐ事ができました。

そこで、私は一芝居打つ事にします。
週に2回ほど、本家のお嫁さんが買い物客として来ていましたので弟とそれを待ち詫びます。
そして、自分はこんなに成績がいいのに父親は進学に反対しているとこぼします。

さらにその夜、父親に土下座をして進学の許しを得ます。
心の中で舌を出しながら。
父親にしたって、無い袖は振れませんからね。
お金があれば進学させてやりたいとは思っていたと思いますから。

結果、資産家でもある本家の祖父母の援助の元、商業高校への進学の切符を見事手に入れます。
私の人生の風向きが変わってきました。



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