気づくと朝だった。
カーテンの外が白んでいる。
いつの間にか眠っていたようだった。
まだ朝は早く、道路を行きかう車の音がほとんど響いてこない。
(朝…。あんな状態でも、眠れるものなんだな…。)
しばらくベッドの上で放心する。
寝返りを打つ。
腕がパタリとシーツの上に倒れ、それを無気力に眺める。
のそりと起き上がりトイレへ行く。
頭の芯が重く感じ、足取りが怪しい。
トイレのドアを閉じ、再びベッドへ戻ろうと歩き始める。
(…何が奇跡だ…。
何が、天使だ…。
とんだ、道化だ。
よくも『生きているだけで奇跡』だなんて、ブログに書けたものだな。
一体、自分を何様だと思っているんだ…。
…ミカエルを殺しに行っておきながら…。
読者はがっかりするだろう…。
これが私の本性なんだ…。
…もう、何もかも、どうでもいい…。)
ベッドに倒れこむ。
頬を涙が伝う。
静かに、静かに涙が流れる。
瞳を閉じる。
もう、泣き声も漏らさない。
ただ、流れるに任せる。
それは『絶望』だった。
何も、望まない。
何も、望まない…。
何も、考えない…。
ただ、あるだけだった…。
自分のかすかな呼吸音を聞きながら。
私はいつの間にか眠っていた。
ふと、目を覚ます。
フイに理解した。
目を覚ます直前のビジョン。
それは幼い日の私が父親に足首を掴まれ、何度も頭を床に打ち付けられる姿だった。
(そうか!これは…!
これは、レトリーバルだったんだ!
なぜ、私の過去生が、布教に絶望して自死したアーナンダだったのか。
なぜ、私の過去生が逆さ十字に磔されたペテロだったのか。
なぜ、磔され、火炙りにされたジャンヌだったのか。
なぜ、私が父親に虐待される女児だったのか。
受難の連鎖。
それは、生まれ変わり、バージョンを変えて追体験をし。
それによりレトリーバル(浄化)を行う為だったんだ!
ペテロの受難をジャンヌで軽減し。
ジャンヌの受難を子供時代の私で軽減し。
私の受難を大人になった私がレトリーバルする。
それこそが何者かに全て計算された、壮大なレトリーバルだったんだ!
だが、その代償はあまりに大きい…。
ミカエルへの殺意はもう無かったが、彼を嬲りものにした…。
彼は無事だろうか…。
それをうかがう術を知らない。
今頃彼を気遣うなんて、どれだけ身勝手なんだ…。
もう、彼に会えない…。)
私「ミカエル…。」
一言つぶやき、再び涙を流す。
(もう、時間は戻らない。
以前のようにはならない。
それどころか、彼は死んでしまったかもしれない…。)
涙を流し続ける。
ふいに、私の左手がするすると動き、私の頭をなで始める。
そのなで方はミカエルのものだった。
「ミカエル!」
顔を上げる。
ぼんやりとミカエルの姿が滲んで見える。
私「ミカエル!無事だったのね!
ごめんなさい…。ごめんなさい!うっ。」
ミ「君は、悪くない…。」
私「いいえ、悪いわ。
あなたの方がつらかったハズなのに…。
私が自分から地上に行ったのに…。
自分で死を選んだくせに…。
私はただ、痛い思いをしただけ。
それをあなたは見守り続けていた。
愛する者が苦しむ姿をただ、見守り続けるあなたの方がよっぽど辛い。
貴方は強いわ。そして、私より苦しんだはず。
それを棚に上げて、貴方を逆恨みした…。
ごめんなさい…。
怒りに身を任せて、貴方に取り返しのつかない事を…。」
左手は優しく私の頭をなで続ける。
ミ「君は悪くない。
君が怒るのは当然だ…。
私なら、大丈夫…。
まだ、朝は早い。
もう少し、休みなさい…。」
私は彼の言葉に安心して、ウトウトと眠りの世界へ引き込まれて行った。
