悪夢のようなやりとりの後、私に残ったのは、自分に対する、やりきれなさでした。
ルシフェルさんがラファエルさんを罵倒する様は凄まじく。
ラファエルさんは、冷水を浴びせかけられる様な思いでいたと思います。
その、ほんの一瞬前まで、恋人と睦みあっていたのですから…。
しかも、私が錯乱しかけており、それを救おうとしても。
ルシフェルさんに嘲笑われてしまうだけだったのですから…。
私はラファエルさんと体が繋がったままで、背中をのけぞらして高笑いを続け。
低い声で、ラファエルさんの精神を痛めつける言葉を発し続けていました。
それは、フォーカスエリアでの意識体だけの話ではなく。
ローカル1にある、私の肉体も全く同じ動きをしていたのでした。
つまり、私は自室のベッドの上で、男言葉で独り言を繰り返しており。
時に女性。時に少年。時に男性の声色で一人で泣き、笑い、叫びながら独り言を繰り返していたのでした。
ルシフェルさんの残した言葉。
『このバージョンの緑の姫君は気に入ったか?』
これが一番こたえました。
私自身、薄々はルシフェルさんと繋がりのある魂だとは思っていましたが、ああまで体を乗っ取られたのはかなり精神的にショックが激しく…。
かつて、フォーカス100で、ミカエルさんが私を見て、眩しそうに「セラフィム」と呼び。
子供天使達が「緑の姫君だっ!」と尊敬と憧れの念を抱いて、私を見つめているのも。
私の中に潜む、ルシフェルさんの存在が大きかったから、というのは理解していましたが。
『このバージョンの』…つまり、私以外にも『緑の姫君』がいるという事がショックでした。
以前から、もしかしたら、私は本来の『緑の姫君』のスペアなのではないか?という漠然とした不安を抱えており。
本来の『緑の姫君』の身に何かアクシデントが発生して、繰り上がりで私にその役割が回ってきたのではないかと…。
それはつまり、彼らの愛情は、本来の『緑の姫君』に対するもので、実は私はその代用品なのではないかと…。
そう考えると不安で、その考え自体を忘れていました。
そうして、翌日の夜、ノン・ヘミでフォーカス100へと移行し、ラファエルさんに事実を問いただそうとします。
しかし、私を見つめるラファエルさんの顔色は優れませんでした。
目の前の『緑の姫君』が果たして、自分の知っている『ルース』なのか、はたまた『ルシフェル』なのか、一瞬判断がつかず、怯えた瞳をしていました。
無理もない、と感じた私は、彼に問いただすのはやめて、ローカル1へ帰りました。
もしかしたら、あれはルシフェルさんの狂言で、ただ単に、私達の仲を引っ掻き回したかっただけなのかも?
そう考える事にしました。
ただ、私の肉体を完全に掌握するほどの影響力のある彼が、わざわざ狂言を言うだろうか?
そんな疑問を残しつつも、私はそれを黙殺しました。
そうして、何事もなく、数日が過ぎます。
私はミカエルさんと愛し合っていました。
私「ミカエル、愛してる。」
ミ「あぁ。」
私は彼の下で、彼の首に手を回してうっとりしていました。
私「ミカエル…。
ふ。
くくっ。」
ミ「?」
私「くくくっ。
あはははははははははは。
それがお前の愛し方か!
ミカエル!
ははははははははは!」
ミカエルさんは顔色を変えて、両腕を突っ張り、私を見下ろします。
私は背中がよじれんばかりに体を震わせて高笑いを続けます。
私「はははははははは。
ミカエル、気持ちがいいぞ!
いいぞ、もっとやれ!
はははははははは。
さあ、もっと私を抱け、ミカエル!」
ミカエルさんは体を離して膝を着いて私を呆然と見つめます。
ミ「…ルシフェルか!」
私「はははは。
お前も鈍いな!
今頃気づいたか!
さぁ、続きを頼むよ、大天使!」
ミ「彼女から離れろ。」
私はまるで目に見えないバネで弾かれたように、膝を折ったまま上体を起こし、片手でミカエルさんの顎を掴みます。
私「ふ。今の今まで私に溺れていたくせに…。
何を怖気づいている?
私が兄だと知って、抱いていたんだろう。
くくっ。続きを頼むよ、兄弟。」
ミ「ふざけるな、帰れ!」
私「んん〜?そんな口をきいていいのか?
この娘の体の主導権は私にある。
痛覚がないとはいえ、この体に傷を付ければ、知覚の優れたこの娘の事だ。
ローカル1の肉体にも影響が及ぶぞ?
さぁ、いう事をきくんだ、ミカエル。
楽しませてもらおう。」
そう言うなり、私はミカエルさんの口を塞ぎます。
ミ「やめろっ。」
ミカエルさんが私をベッドに突き飛ばします。
私「やめない。」
それを見越して、ミカエルさんの首に両腕を回して、彼ごとベッドに倒れこみます。
ミカエルさんが私の顔を挟んだ格好でベッドの上に両手の平をついて、私を見下ろします。
彼の灰色がかった、長い金髪の中に、若草色に燃えている二つの瞳が揺らめいています。
ミ「一体、何を…。」
私「…さみしくて、かなわないんだ。
暖めてくれ…。」
ミカエルさんは、一瞬体を硬直させましたが。
私がミカエルさんの首筋に両手をかけて引き寄せると。
ミカエルさんはみじろぎしつつも、私の誘いに抵抗せず。
そのまま、私を抱きました。
私「ははははっ。
ミカエル、気持ちがいいぞ!
お前とのセックスも最高だ!
この体にお前は溺れているな!
もっとだ。
もっと抱け!
くくっ。
お前、嫌がるこの娘を、無理やり自分のものにしただろう!
一晩に何度も何度も、犯したな。
何十分も、何時間も体を繋げてな…。
泣いて嫌がるこの娘を押さえつけて陵辱した。
それが大天使のすることか!
あぁ、気持ちがいい!
くくっ、萎えたか。
もっとやらないと、ラファエルのもとへ行くぞ?
さぁ、続けるんだ!ミカエル!」
ミカエルさんは顔面蒼白になりながら、私を抱き続けました。
私は、もう、何がなんだか分からずに。
ただただ、ルシフェルさんにふりまわされている、とだけ感じていました。
私「くっ。飽いた。」
気づくと、体中の力が抜けて、ぐったりとしており。
私はベッドにうつぶせて倒れこんでいました。
ミカエルさんも疲れきっていました。
私は涙を流しながら、顔に手を当てて、片肘をついて、震えながら上体を起こします。
私「なぜ…。なぜルシフェルさんが、私の体を自由にできるの?
なぜ、ミカエルを傷つけるの?
ラファエルさんまで!
一体、彼になんの権利があるというの!
…許せない。
許せないわ!」
ミ「よしなさい…。ただの狂言だ。
相手にするのはよしなさい。」
私「いいえ。許せない…。」
ミ「いいから!君は疲れている…。
とにかく、今日は、もう休みなさい…。」
そう言って、ミカエルさんは私を抱き寄せて、横になりました。
私を抱く、ミカエルさんの腕が震えているのが伝わりました。
狂言だという、彼の言葉は、自分自身に言い聞かせているかのようでした。
