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夜明け前31

暗闇に私が降り立つと、すぐ側で衣擦れの音がします。
音もなく室内の間接照明の仄かな明かりが灯り、ベッドの中央に背を向けて横たわっていたルシフェルが上体を起こすところでした。

ル「…フーッ。…緑の姫君か…。」

彼は小さくため息をついたかと思うと、体をこちらに向け、瞳を閉じながら、顔の前面に滑り込んできた白銀の長いストレートヘアーを片手でかきあげました。
ミカエルよりも低く、硬質な感じの声で、けだるそうに、そして安堵したように呟きます。
白い光沢をはなつ、上質なファブリックに包まれた彼の上半身は裸でした。

暗闇に浮かぶ、その端正な白い顔は、ミカエルに瓜二つです。
私は彼の顔を見た途端、ダムが決壊したかのように涙を流し始めました。

彼のベッドは幅4mほどあり、その足元近くに居た私はベッドサイドからベッドの上に両手をついて身を乗り出すようにして叫びます。

私「ミカエルがっ!ミカエルがいないのっ!!
  ラファエルも!
  お願い、ミカエルの居場所を教えてっ!!」

ル「………。」

私「ミカエルに会いたいっ!
  今すぐにミカエルに会いたいのっ!!
  ルシフェル、教えてっ!!」

ル「ハァーッ…。アイツの居所など、知ったことか。」

私「そんな事!」

ル「知っていたところで、教えてやる義理もない…。」

私「そんな!ミカエルのお兄さんでしょ?知っているんじゃないの?」

ル「アイツの事など、関知しておらん。それより、お前…。」

私「嘘!嘘!ホントは知っているんじゃないの!?
  お願い、教えて!ミカエルに会いたいの!」

片膝を起こして、不機嫌そうにそう言う彼の言葉を無視して、私は泣きわめきます。

私「ミカエルに会いたい! 
  今すぐ!ミカエル!ミカエル!!」

ル「…私が知っていたとして、その体でどうやって、アイツの所まで、移動する気なんだ?」

私「それは…!ルシフェル!お願い、私を彼のところまで連れて行って!」

私は膝をおり、ベッドに額を押し付けるようにして、泣きわめきます。

ル「勝手なことを…。こっちにこい。」

そう言って、彼は私の両手首を掴んで、自分の元へと引き上げました。
ルシフェルの胸に抱きかかえられる格好になります。

私「ミカエルっ!ミカエルがっ!!ミカエルがいいのっ!!」

ルシフェルは私の顔をじっと覗き込んで、涙に濡れた私の頬を撫でながら呟きました。

ル「…人間のところに行かなかったんだな…。
  お前が誘えば、連いて来ただろうに…。」

私は自分の心を見透かされて、カッと頬が熱くなりました。

私「誤解しないでっ!
  誰ともわからない男に体を任せるリスクを避けたかっただけよ!
  知人だと、誠実な彼らを傷つける事になるっ!
  関係を続ける気がないのだからっ!!」

ル「私なら傷つけてもいいと?」

私「そうよっ!
  あなたなんて、結局のところ、私自身じゃないっ!
  あなたは私を傷つけたわっ!
  だから、私があなたを傷つけても構わないはずよっ!!」

ル「お前、どういう精神構造をしているんだ?」

私「臨機応変と言って欲しいわっ!
  あなたなんて、ヒドイ事を私にしたんだから!
  私があなたにヒドイ事する権利があるんだからっ!」

ル「どういう育ち方したら、そういう考え方になる?
  静かにしろ…。目的は分かっている。」

そう言って、私にキスをしてきました。
私は涙を流しながら彼を抱きしめました。
二度、三度口づけを交わすと、私は再び泣き始めます。

私「嫌。嫌。ミカエル。ミカエルがいい。
  ミカエルはこんなキスしない。
  ミカエルはこんな触り方しない。
  ミカエルがいいの。
  ミカエルじゃなきゃ、嫌なの。」

ル「我慢しろ…。
  同じ顔と体だ…。
  
  この私にこんな事を言わせて…。
  お前くらいだ…緑の姫君…。」

そう言って、抱きしめてきます。
口づけを交し合いながら、私は彼の胸を突っ張り、泣き続けます。

私「ミカエルが…。ミカエルがいい…。ん…。」

ル「こんなところに一人で来て、今更何を…。
  大人しくしろ…。
  今度は優しくするから…。」

私「………。」

彼の手が私の服を脱がし始めると、私は自分から体を動かしてその手助けをします。

ル「…またお前を抱けるとはな…。
  細い腰…。
  美しいな、緑の姫君…。」

私「………。」

(ミカエルの妻だというのに、彼の兄に身をまかせようとしている。
 いけない事だと分かっているけど、やめられない。
 今は彼に抱かれたくて、しょうがない…。)


私は涙を流しながらも、快感に身をゆだねました…。




そうして、二人の体が離れると、すぐに私はベッドから体を起こし、服を着始めます。

ルシフェルの白い肌が紅潮しています。


ル「…もう、帰るのか?」

私「えぇ。用は済んだわ。」


先ほどまでの体の疼きが、すっかりとれて、頭がスッキリしていました。
ふと、自分の左胸から左肩にかけて、薄い黒色の渦巻きがあるのが見えました。

右手で触れると、それは体内に納まっており、ヒンヤリとした気を感じます。

(これは、ルシフェルの気…。男女が交わると、オーラも混じるのか…。)

よくよく自分の体に注意を向けると、黒い渦を巻いているのは左胸だけでしたが、体内全体にうっすらと彼の気が混じっているのが感じられます。

チラリと彼の体をサーチしますが、私のように、異なるオーラが渦巻いている、というのは感じ取れませんでしたが、僅かに私の気が彼の体内から感じられます。

(男性より、女性の方が、相手のオーラの影響を受けやすいのかもしれないな…。
 人間同士でも同じ事が言えるのだろうか…。

 これでは男性でも異性と交わるのは同時に4人までが限界だろうな…。
 でないと、チャクラが乱れて、精神状態がおかしくなりかねない…。
 ま、同時に四人の女性とつきあう男もそうそういないか…。)

ふと、自分の体内のチャクラが安定して回転しているのを感じます。

(そういえば、頭がスッキリしている。
 チャクラの回転もいい感じだな。

 しかし、何か、生体エネルギーを彼にもって行かれた感じがする。
 ミカエルとの時は、私が彼にエネルギーを貰う感じだったが。
 ルシフェルとの時は、私が彼にエネルギーを与える感じだな。
 これは陰陽のバランスの関係か…。
 人間の私の方が、ルシフェルからすれば、陽の気をまとっている、という事か…。)

服を着込みつつ、そんな事を高速で考えていると。

背後から、ルシフェルが抱きしめてきました。

ル「まだ、居ろ。緑の姫君。」

その瞬間、彼の胸の内がほんの少し、感じ取れました。

幼い私が、彼が腰掛けている玉座の間の前に突然投げ出される度に。
彼がリバルを張って、私を地上へと送り返してくれた、過去の映像です。

何度も精神的に死にかけると、その度に彼は「まだ早い」と言って、私を地上へと戻してくれていた情景です。

地上に戻った私を、彼は私の目線で、私の生活を覗き見ていました。

彼が私を作った、本当の目的は。

ただの人間の生活を体験したかったから。
なんの能力も才能も期待されず、特別な重責を負うことも無く。
普通の人間として、家族に囲まれ、兄弟達と笑いあい、友達と遊び、学びあう。
戦争もない、平和な時代の、健やかで、幸せな、平凡な人間の生活。

自分の能力も記憶も持たない、一固体としての人間を作り出し、それを暗闇から追体験している。
それは、暗闇に暮らす彼にとって、一つの淡く、脆い、泡の様な…。
眩しい光に囲まれた、夢の様な…。

自分の重責から逃れられない彼にとって、一つの慰めのような…。
泡沫(うたかた)の夢…。

そんな存在が私だったと直感したのです。

そして、彼の持つ重責。それはまるで深い深い闇。
人間の業によって、黒く塗りつぶされた深淵…。

(…私は、護られていたんだ!
 私なら、これほどの闇を抱えて、生きてはいられない!
 何も知らずに、安穏と暮らしていただけなんだ!
 無理だ。私にはこの闇は深すぎる!)

私は彼の両腕を強く振りほどきます。

私「用は済んだと言ったはずよ?ルシフェル。」

ル「ここに居ろ…。
  私の妻になれ…。」

私「無理な相談ね。
  失礼するわ。」

ル「…もう少し居ろ。」

私「ふ。魔王ともなると、人への頼み方を忘れるものらしいわね。」

ル「…ここに居て欲しい。」

私「最初から、素直にそう言うことね。
  でも、帰るわ。
  また来てあげない事もないわよ?」

私は長い黒髪を両手で背後に払いのけながら、立ち上がり。
すぐさま、背中に漆黒の6枚の翼を出現させ、浮遊します。

ル「緑の姫君…。」

私「失礼するわ。」

私は言うやいなや、魔王の宮殿の外へ、瞬間移動し、勢いよく、地上めがけて飛び立ちます。

星の瞬きなどない、漆黒の夜空を飛翔し続けます。

知らず、涙が頬を伝います。

(無理だ。あれだけの闇を抱えて、正気でいられるなんて、そんな事、彼だから出来ていたんだ!
 彼の記憶を受け入れたら、私の人格は簡単に崩壊する!

 何が、統合だ!
 何が、大天使長メタトロン候補だ!
 
 メタモルフォースして、いい気になっていたんだ…。
 私なら、彼に何か出来るって。
 私なら、きっと平和に役立つ事ができるハズだって!
  
 護られていたんだ。
 私は何も知らずに、安穏と平和を享受していただけのただの人間だ。
 
 これでは、彼に、ミカエル達の愛玩動物と言われても仕方が無かったんだ。

 …もともと20歳前に死ぬはずだったんだ。
 それを延命して、こうして今、生きている。

 分かっていたハズだ。
 私が本来の『緑の姫君』のスペアだったって事は…。
 ルシフェルのマトリクスを持つ人間は無数にいる。

 その中で、私がたまたま、順番が繰り上がって、『緑の姫君』として覚醒したに過ぎない。
 本来の『緑の姫君』にアクシデントか何かが発生して、私に順番が回ってきただけに過ぎないのだから…。

 ミカエルの本来のツインソウルがルシフェルで…。
 私は、その代打に過ぎない。

 代用品でもいい…。
 ミカエルを愛している…。
 
 そのミカエルとも今は会えない。
 寂しくて、彼に慰めを求めて…。


 『ふ。結局私を恐れないのは、私自身だけとはな…。』


 肩を震わせて、そう、呟いた彼の言葉…。
 
 私がルシフェルと同一人物だというのは確かだろうが、それでもあのセリフはあまりにも…。
 
 あまりにも、彼が孤独で…。

 彼が私を自分自身だと感じている以上、そこに救いがない…。

 私だって、地上で何度も転生をしてきている。
 ルシフェル以外の魂もたくさん入っているはずだ。

 無力だろうか…。
 ルシフェル以外の、人間の魂だけでは、彼に対して、何もできないのだろうか…。

 今まで、彼のマトリクスを持った人間で、力で敵わなくても、彼と対等であろうとした人物はいなかったのだろうか…?

 無理かもしれない…。
 私にしたって、まるで刃がたたなかったのだから…。

 まるで、児戯だ。
 彼に手加減されて、あの程度だ。

 しかも、彼の心を覗いても、私には受け止めきれない。
 こうして、逃げ出す事しか、今はできない…。

 彼の孤独が癒される事はできないのだろうか…。
 それでは、一体何のために転生を繰り返しているんだろう…。

 人間は、本当に、無力なのだろうか…。
 今は、ただ、逃げ帰るだけ。

 …いや、結論を出すのは、きっと、まだ早い。
 すべて推論だからだ…。

 あぁ、地上が懐かしい。
 あそこは、光と暖かさに溢れている…。)



…ドンッ!

金色の障壁を抜けて、私はローカル1へと帰還しました。
涙を流しながら…。



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